受診者さんからいただいたお便り:足先のない赤ちゃんは、誰よりも元気です!

出生前診断を専門に扱っていると、さまざまな問題を抱えた胎児に出会います。その問題がどの程度のものなのか、実際に生まれてきたらどうなるのか。胎児の検査だけで将来の生活ぶりまで予測することは簡単ではありませんが、これから生まれてくるお子さんは、生まれてきてからが人生の始まりです。人生が始まる前段階で、この子がどのように生きていくことができるのだろうと、妊婦さんは不安で仕方がないでしょうから、私たちは可能な限り的確に予測しなければなりません。

 私たちは、その診断に重い責任を負うことになると考えると、それは重圧にもなりますが、実際にこれから産んで育てていく妊婦さん自身の責任感や重圧の比ではないことでしょう。ましてや、産むのか、妊娠の継続を諦めて中絶するのかという選択が可能な時期においては、自分と胎児の一生に関わる問題について短期間での決断を迫られることもあり、それはたいへんな心身への負担だと思います。

 胎児の持つ問題を指摘された後で、さまざまな葛藤を乗り越えて出産を選択された場合には、その後無事出産されたのか、生まれてきた赤ちゃんの状態はどうだったのか、生まれた後順調に成長しておられるのか、私たちの指摘できていない問題が見つかったりはしていないだろうかなど、いろいろなことが頭に浮かびます。当院を受診された後の経過について、可能な限りご報告いただけるよう、アンケートフォームをお渡ししたりして情報収集に努めてはいるものの、十分に把握できないケースや、出産の時のことはわかってもその後どうされているかまではなかなかフォローできないケースもあって、どうすればより良いかを考えています。

 そんな中、当院を受診後に出産された方から、ご報告をいただくことがあります。以前にも別のケースでこのブログで紹介させていただいたものもありますが、今回はまた新たな一例について、ご両親の許可を得て紹介したいと思います。

超音波検査で予期せぬものが見つかる

 実は今回ご報告をいただいた方は、お子さんを3人出産されており、一人目の時も二人目の時にも、当院で検査を受けていただいていました。二人目のお子さんでは、右足の第4趾(手でいう薬指)の位置が少しずれていて他の指ときれいに並んでいないこと(短趾症)を胎児期に発見したのですが、大きな問題に至ることはないと判断し、そのまま元気に生まれ成長しておられました。この特徴は、けっこう多いのです。

 さて、3人目のお子さんについても、前2回と同様に妊娠19週の時に胎児超音波検査を行いました。大きな問題なく順調に育っていることを確認できましたが、足先に問題が見つかりました。今度のお子さんは、左足の足先自体がなかったのです。細かくいうと、足趾(足の指)が5本とも不明瞭で、足全体が短い形をしていました。これは妊婦さんにとってはショックなことだったと思います。他には全く問題はなかったけれど、足先がなくて歩けるのか?本当に他の部分には問題はないのか?いろいろな心配が頭を駆け巡ったことと思います。

 私もプレッシャーを感じました。体の他の部分に絶対に見落としがないと言えるのか。この足先の問題が症候群の一部を見つけたに過ぎず、後になって他のいろいろな問題が判明するということはないのか。もう一度他の部分を徹底的に観察しました。

 産科のお医者さんの多くは、手足の指の問題など瑣末なもので、生まれる前に見つけてもどうなるものでもないとお考えになっているように思います。変に見つけてしまっても対処のしようがないし、妊婦さんを混乱させるだけと思っておられるのではないかと思います。しかし、それほど頻度が高いものではないにしても、手や足の問題が特徴的な症状であったり、この問題をきっかけとして見つかったりする症候群も存在することをわれわれは知っているし、実際に経験もしています。だから、ほんのちょっとした問題でも見つけると、検査中の緊張感は一気に高まります。

 幸いなことに、この方のお子さんには、この足先の問題以外には特に気になる部分は何もなくて、症候群の可能性は極めて低いと判断することができましたし、羊膜索症候群(羊膜が一部剥がれたようになって策状物を作り、これが手足に巻きつくことで切断が起きる病気)の原因となる策状物もないので、新たに別の場所に同じような症状が出現することも考えられないということができました。そして、人より早く走ることや強く踏ん張ることはできなくても、普通に生活する分にはほぼ支障なくいられるようになるだろうという予想もできましたので、そのようにお伝えしました。

 その後この方は、かかりつけ医のところに戻られ、小児病院との連携のもと出産されたのですが、生まれたお子さんの状況について便りを送っていただきました。以下で引用しつつ紹介したいと思います。内容は一部改変しています。

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問い合わせではないのですが、お礼を申し上げたく連絡をさせて頂きました。

〇〇〇〇と申します。
長男(○歳)長女(○歳)次女(○歳)でお世話になりました。
次女の左足先端未発達を早々に診断していただき、当初は大変混乱しましたが…結果的に産むまでの間に気持ちの整理をつける事が出来ましたし、出産前から出産した病院と隣接する小児病院の整形外科が連携を取ってくれました。これも早い段階で診断して頂けたからと感謝しております。
出産した病院の医師が仰ってました。
“命に関わる臓器は注意して観察するが、正直、四肢に関してはある程度しか診ていない。だから産まれてきて初めて分かる例も沢山ある。もしかしたらあなたの赤ちゃんの足の事も気がつかないままだったかも知れない。”と。
それを聞き、私は事前に知る事が出来て本当に良かったと思いました。

お陰様で1歳5ヶ月を迎えた次女は中村先生のご推察通り歩行に関しては何ら問題なく、むしろ小走りもするようになりました。
昨年末に引っ越しをしたのですが、先日こちらの小児病院でも診てもらった結果“足の長さ左右差無し、股関節に問題無し、よって装具による補助及びそれに伴うリハビリのみで大丈夫”との事でした。

3人の中の誰よりも活発ですくすく育つ彼女を見ていて、産んで良かったと心から思う日々です。
一瞬、ほんの一瞬、産むことを躊躇った自分に“あの時産むと決断して良かったね!”と言ってあげたいです。
今後彼女が直面するであろう苦悩の日々も、家族一丸となり寄り添って行こうと強く心に決めております。

中村先生をはじFMC東京の皆様、本当にありがとうございました。

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 私たちにとって、このようなお便りをいただくことが、どれほど嬉しいことか。この仕事のやりがいを感じます。

 ちょっとした問題でも、事前に知っておくことはとても大事なことだと思いますので、きちんとお話しするのが基本だと考えています(ただし、単独の側脳室内脈絡叢嚢胞のように、一時的な見え方だけの問題であることがわかっているようなものについては、余計な心配をかけても意味がないので、お話ししないこともあります)が、その情報をどのようにお伝えするべきかについては、いつも気を遣います。しかし、早めにわかったからよかったと言っていただけると、私たちのやり方は間違ってなかったと確信することができます。

ひとりひとりの胎児を丁寧に見ていきたい

 私が常々不思議に感じていたことの一つに、超音波検査の際に妊婦さんご自身やご家族の方が、「指は5本ありますか?」と聞かれることが多いというものがあります。なぜ不思議に感じるかというと、私たちから見ると、指の数の問題が見つかるケースは心臓などの問題に比べて頻度は低いし、重大性も低いと考えるからです。おそらく普段産科の現場に関係することのない方々にとっては、なんとなくのイメージとして、指の数が多い少ないというようなことがわかりやすい先天性の問題として認識されていて、思い浮かびやすいのかなあと思います。おそらく産科医が、産科外来における超音波での観察の際に、この質問を受けていることはかなり多いと想像します。そして、若い頃の私がそうであったように、この質問をされるとちょっとイラッとしてしまうことがあると思います。「そんなこと大きな問題じゃないではないか、もっと大事なところに目を向ける必要がある。」「妊婦健診の時にそこまでみている時間はない。」などといった気持ちになることがあるのです。

 しかし、長年いろいろな妊婦さんと胎児を見てきて、そして胎児検査専門クリニックを立ち上げて毎日多くの数の胎児を見続けてきて今思うことは、どんな細かいことでも見逃さないことは大事だということです。ちょっとした指の問題だって馬鹿にならないのです。そこからいろいろな発見に繋がることもあるし、もしその子の持つ問題が、指だけにとどまっていたとしても、それはそれで生活上何かと支障があったり、本人的には傷つくことに繋がったり、他人が「軽い問題」と安易に言ってしまえるものではないはずなんです。

 私は、当院を受診される方は、ふだんの健診を受けている医療施設とは別の場所に、わざわざ足を運んできてくださっているのだから、ここを受診したということが意味のある体験であってほしいと考えています。以前にとある方から、「毎日、胎児の検査ばかりやっている仕事は、おもしろいですか?」と聞かれたことがあります。言外に、赤ちゃんが産まれてくるお産への関わりもなく、婦人科手術をするでもなく、同じことばかりやっている単調な仕事はつまらないでしょうという気持ちが込められていたように感じます。しかし、私の答は、「おもしろいです!」。いろいろな妊娠、いろいろな胎児の問題、いろいろなカップルや家族の人間模様、真摯に向き合って私自身が得るものもたくさんあります。

これからも、一般的な産科外来ではここまではみてないだろうという部分も含め、きめ細かい観察をして、当院に来院される方々の期待に応えられるよう精進していきたいと思います。

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