『NIPT等の出生前検査に関する情報提供及び施設(医療機関・検査分析機関)認証の指針』を読む5 いろいろと気になる内容 

『指針を読む』シリーズを続けてきましたが、正直のところ真面目に取り組めば取り組むほど、指針を読み込めば読み込むほど、問題点が見えてきて、本当にこれでいいのか、この国の出生前検査は良い方向に向かっているのかと考えると、悩ましい限りです。

 

この大事な文書にちゃんとした医学用語を使わないことは大きな問題

 今回は、【2】医療機関における出生前検査の対応 についてみていこうと思いますが、その前のページに気になる部分がありましたので、まずはそこから取り上げたいと思います。

 前回の記事で書いた部分の続きになるわけですが、【1】自治体における情報提供・支援体制の3.妊娠・出産・育児に係る様々な選択の尊重と支援体制の充実に向けて の部分の記載です。ここでは、私が前記事で書いたようなことがきちんと書いてありました。「中立的な立場から対応し妊婦等が熟慮の上に出生前検査の受検や検査後に選択したことを尊重する」という記載です。これにつづき、医療・福祉サービスの情報提供や、各種団体との情報共有など具体的な方策も記載されており、医療機関に全てを任せていたことに比べ、この国全体の社会課題としてきちんとした仕組みを作ろうという意欲が感じられます。

 しかし、残念なのは最後の項目の記載です。そこにはこう書いてあります。

流産・子宮内胎児死亡や早期新生児死亡が起きる場合や妊娠の中断が選択される場合もある。

 何が残念なのかというと、「妊娠の中断」という表現です。

 このブログでも、以前にも取り上げたことがあるのですが、最近どうも「妊娠中絶」と言うべきところがなぜか「妊娠中断」という表現に変えられてしまっていることが多くなっているのです。誰がそう変えているのかというと、よく目にするのは産婦人科のお医者さん達です。何か特別な意図があってのことではないようなのですが、どうも「中絶」という言葉をストレートに言いづらいという感情に基づいて、この言い換えが横行するようになったように感じています。最近では学会発表の場でも頻繁に耳にするのですごく気になっていたのですが、ついにこの日本医学会が満を持して出してきたこの国の出生前検査の基本方針を定めるほどの影響力がある文書にまで出て来るようになってしまいました。

 でもこれはあきらかにおかしいでしょう。正確な医学用語は「人工妊娠中絶」のはずです。なぜ堂々と正確な用語を使用しないのか。

 だいたい日本語としてもおかしい。「中断」という表現を用いる場合、それは「中止」とは違って、再開する可能性も含めた表現になっていることが多いと私は認識していますが、妊娠を「中断」して、気が変わったら再開できるのでしょうか。

 絶対に「中絶」は正しく「中絶」と言うべきです。「中断」などというおかしな表現にしてしまってはいけません。ましてや、このような重要な文書の中に、このような表現があることは由々しき事態です。

 

専門職とはどういう人たちか

 つづいて、本題を見ていきましょう。

 1. 出生前検査に対して医療機関が示すべき姿勢 の部分なのですが、この中で、遺伝カウンセリングの担当者に関する記載として、以下のようなものがあります。

出生前検査に関する遺伝カウンセリングは臨床遺伝専門医や一定のトレーニングを受けて運営委員会に認められた医師、またその医師の指導の下で認定遺伝カウンセラーや遺伝看護専門看護師が対応することが望ましい。一方で、出生前検査には、通常の妊婦健康診査(以下「妊婦健診」という。)で行われる内容も関わってくるため、専門職だけで全てに対応することはできない。そのため、専門資格を持たない一般の産婦人科医をはじめとする医療従事者も「遺伝カウンセリング」の本質を理解し、可能な限り「遺伝カウンセリングマインド」をもって出生前検査に関わることが求められる。

 この冒頭なんですけど、「一定のトレーニングを受けて運営委員会に認められた医師」というのが少し気になるんです。これ、現時点で想定されているのは、日本産婦人科遺伝診療学会での講習を受けて試験を経て認定証を受け取ることですが、一日講義をうけて試験を受ければ良いという程度なので、正直のところこの程度のことで臨床遺伝専門医と同列にしてほしくないと感じます。(臨床遺伝専門医取得には3年以上の研修が求められ、実践経験や学術活動の実績も問われ、その上試験も筆記・ロールプレイと厳しいものです)

 それに、認定遺伝カウンセラーは、大学院修士相当の教育のもとこれも厳しい試験を経て取得している専門職です。このような専門職のものが、1日の講習で認定されたという医師の“指導のもと”で対応するというのにも違和感があります。医師といえど遺伝学的知識に乏しい人はすごくたくさんいることは身に沁みてわかっていますので、医療の現場における遺伝カウンセラーの地位の低さをなんとかしなければと感じます。

 私は、基本的にはあまり小児科医から信頼されているとはいえない立場の産婦人科医が、曲がりなりにもきちんと勉強する機会を作って、信頼性を担保する形にしたこと自体は悪くはないと考えています。したがって、一定のトレーニングを受けたぐらいで認定されるようなゆるい形はダメと考えているわけではなく、むしろもっと普通に多くの産婦人科医が検査を扱えるようにしても良いのではないかと考えてはいるのですが、なにか取ってつけたような講習会の仕組みをつくって、その実態は産婦人科遺伝診療学会の資金集めに利用される形となっているのは、決してよくできた仕組みとは思えないのです。

 

医療者として当たり前の態度を指針に書いておかなければならないのか

3. 出生前検査に関わる医療従事者の心構え

4. 医療機関ごとの役割

このあたりの文章を読んでいると、いささかうんざりしてきます。曰く“専門職ではない場合においても、「遺伝カウンセリングマインド」をもって対応することが求められる” “非専門職の医療従事者においても、遺伝カウンセリングとはどういうものかの最低限の理解は必要”とのことなんですが、この場合の『専門職』の中に、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーとならんで「一定のトレーニングを受けて運営委員会に認められた医師」も入っているのです。同列に並べられるほどのトレーニングを受けているのでしょうか?逆に、普段妊婦の診療をおこなっている産婦人科医や助産師は、専門職ではなかったのか?という疑問を持つ人もいるのではないでしょうか。じゃあ今まで超音波検査所見を元にいろいろ説明していた医師たちや、クアトロテストを行っている開業医などは、みな非専門職だったのか。そういう非専門職の人でも羊水穿刺などはやっているのか。「遺伝カウンセリングマインド」という謎の言葉で表されているような、非指示的な、共感的理解を伴う受容的な態度で臨むことはできていない人たちだったのか。など様々な疑問が湧きます。いったい今まで医師の卒後教育はどうなっていたんだと思われても仕方がありません。逆に、じゃあ臨床遺伝専門医ならば非指示的な、共感的理解を伴う受容的な態度で話がしてもらえているのかというと、実はこの点についても疑問に感じられるケースも耳にしているので、まあこの文章耳が痛いというか情けないというか、こういうこと、この指針にズラズラと書き並べることなのだろうかと思いますね。むしろ、日本産科婦人科学会のガイドラインなどに記載して、会員に周知した方がいいんじゃないですか。

 妊婦さんたちへの対応に関しても、やれ「初期対応」だの「専門対応」だの「高次対応」だの、まあ要するに妊婦の診療を行う医師は、出生前検査についてもよく勉強してちゃんと説明できるようにしておきましょう、自分の知識や技術の範疇では手に負えないものは、専門家に診療を依頼しましょう。という単純なこと、当たり前のことを言ってるだけですよね。そのうえ、「高次対応が可能な施設は臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーが在籍する病院であり、いわゆる基幹施設である。」と限定して書いてあるんですが、いや当院だってそういう専門家を揃えているんですけど、単に分娩を扱っていないというだけで基幹施設にしてもらえないんですけど、と言いたいです。

 

 もう今回は愚痴ばかりになってきました。自分でも文章の後半はグダグダになっている印象ではありますが、このまま公開します。文章を推敲する余裕がないのですが、置いておくとこのままお蔵入りになってしまいそうなので。そして、もう少しこの「指針を読む」シリーズで書いておきたいことがあるので、そちらに進みたいと思います。