『NIPT等の出生前検査に関する情報提供及び施設(医療機関・検査分析機関)認証の指針』を読む4 事前に何を伝えるべきか

いろいろと忙しくしていてブログ更新ができていないうちに、NIPT施設認証の申請が開始されましたね。まずは、基幹施設と検査分析機関の認証からです。申請期間は4月22日までで、6月上旬に審査結果が公表される予定です。連携施設の申請受付はそれからなので、まだまだ待たされますね。

そうこうするうちに、まだまだ続々と認定外クリニックが増えていて、ひどいウェブサイト(出鱈目な内容のクリニックのホームページや出どころの怪しいランキングサイトなど)もどんどん出てきていて、見ていると眩暈がします。この酷い状況を本当に打ち崩せるのか。腰の引けた行政とお行儀の良い専門家集団では太刀打ちできないのではないかと感じます。

さて、愚痴はこれくらいにして、指針の内容検証の続きにいきましょう。

自治体の窓口からの情報提供

 今回は、「II 出生前検査に関する情報提供・遺伝カウンセリングについて」の部分を見ていきます。

 このたびの厚生労働省・日本医学会主導の出生前検査実施にあたって、大きな変化の一つは情報提供体制の確立です。基本的に全ての妊婦さんを対象とした情報提供の必要性が認識され、この役割を自治体が担うこととなりました。具体的には、母子健康手帳の交付のタイミングを利用して、資料を配布するとともに適切な情報提供を行おうというもので、現在各自治体がこの対応に追われているようです。

 「1. 自治体における出生前検査に係る情報提供の内容」では、以下のように書かれています。

(1)出生前検査を考える前に必要となる正しい情報
  ・ 出生前検査は必ずしも全ての妊婦が受ける検査ではないこと
  ・ 出生前検査でわかる病気は一部であること
  ・ よく考え、受検するかどうかを決めることが大切であること
  ・ 受検する場合には適切な時期があること
  ・ 産まれながらに病気があった場合、様々なサポートが受けられること
  ・ 産まれながらの病気の有無やその程度と本人及びその家族の幸、不幸
   は本質的には関連がないこと

(2)正しい出生前検査の情報に行き着くための情報

・自治体等の相談窓口

・運営委員会が作成・推奨するホームページ

(3)必要に応じて認証医療機関等につながるための情報

・地域における認証医療機関等、遺伝カウンセリングを行っている医療機関とその受診方法等

「正しい情報に行き着くための情報」って、なんだか奥深い感じがして大変そうですが、まあそれは置いておいて、、、

 この(1) の部分が気になります。この文章どこかで見たことがあるように感じるのですが、実は、1999年に厚生科学審議会先端医療技術評価部会出生前診断に関する評価部会がとりまとめた「母体血清マーカー検査に関する見解」(その後、厚生省児童家庭局長名で医師会長、産科婦人科学会長、産婦人科医会長あてにこれを会員に周知し対応するよう求める文書が出された)の内容とかなり一致しています。

99/07/21 厚生科学審議会先端医療技術評価部会・出生前診断に関する専門委員会「母体血清マーカー検査に関する見解」についての通知発出について

 この通知が発端となり、産科医療現場における出生前検査がかなり抑制的になったことを鮮明に記憶している身としては、今回情報提供を積極的に行うという方針転換がとられたことが大きな転換であると話題になっているものの、提供する情報の内容自体の基本的考え方は変わっていないのだなと感じました。

 もちろん、ここで語られていることは大事なことであることは間違いありません。この内容を否定するわけではありません。また、これらの情報提供は実際には医療機関において適切に行われることはすごく少なかったのではないかと感じていますが、全妊婦を対象に行政で一律にやるにあたっては、もう少し何らかの工夫がされるものと期待はしています。しかし、伝えるべき情報の1番目として考えた時に、長年にわたって引き継がれている真理とされているように感じるこの内容が適切なのか、必要十分なのかなど、議論の余地はあると思うのです。

 

できることなら検査を受けないでほしいのか? 

 まず、いちばん初めに伝えるべきことが、「必ずしも全ての妊婦が受ける検査ではない」ということなのでしょうか。「この検査は、こうこうこういうもので、こういうことがわかって、その結果こういう方針につながるものなのですよ。」ということを正確に伝えたうえで、「でも、受ける受けないは個人の自由なので、今お伝えした情報をもとに、自分がどういう検査を選択して、あるいは選択せずにいくかを自分自身で決めてくださいね。」という順序が正しいのではないでしょうか。

 まだ検査についてきちんと情報が入る前の段階で、いきなり「全員が受ける検査ではないのですよ。」ということを一番目に持ってくる必要があるのでしょうか。

 次に来るのが、「これでわかることは一部であって全てではない」という情報です。すごく検査に関しての評価が低い印象を受けます。検査そのものをあまりポジティブに捉えていない人が考えた文章のように感じます。「一部である」という表現を前面に持ってくる必要があるでしょうか。遺伝カウンセリングの過程で、「どの検査ではどういうことがどこまでわかる。一方で、あなた個人にとっては何を問題と捉えて何を知りたいと思うかがある。これらを照らし合わせて、どのような検査を受けるべきと考え選択するか」を相談するのですから、はじめから「検査でわかることはごく一部です」のような粗い情報を伝えることが正しいのかどうか疑問に感じます。

 様々なサポートについての情報は、医療機関で医師が担当するよりも、行政機関で担当者が伝える役割を担った方が、より正しく生活につなげて伝えることが可能なので、ここはきちんとしていただけると良いのではないかと思います。

 産まれながらの病気の有無やその程度と本人及びその家族の幸、不幸は本質的には関連がないこと」というのが、以前の医師向けの指針などでも必ず書かれているのですが、これ、けっこう深い内容ですよ。こんなふうに一文にしてしまえるものなのかいろいろ考えてしまいます。このことは、本当に人生経験がないと語りにくいのではないかと常々思っていました。このことを検査を受けることを考えている人に必ず伝えるべきとされているのですが、自分が妊婦として説明を受ける立場だったなら、世間知らずの若い医者や、順風満帆な人生を送ってきて地位のある年配の医者に、もっともらしく言われたくないと思ってました。それでなくても(妊娠がたとえ順調であったとしても)将来についての様々な不安が燻っているかもしれないのに、実際にこれから産み育てる当事者じゃない人に言われても、「あなたにとっては他人事かもしれないけどね」と反発されないだろうかと感じていました。言っていることは正しいかもしれないですが、誰がどういうシチュエーションで言うのかということはすごく大事ですし、それによって印象も違ってきますよね。

 総じて言いたいことは分かるのですが、印象としては、出生前検査を受けることをあまり推奨していないなという感じですね。

 これまで、NIPT検査を受けた多くの妊婦さんのお話を聞いてきましたが、これまでの一部の認定施設における「遺伝カウンセリング」が、どうもお説教のように感じられていたり、なんとなく検査を受けることを思い留まらせるような雰囲気になってしまっていたりするのも、こういうのが根底にあるのではないかと思うのです。

 伝えるべき情報が間違っていると言っているのではありません。同じことを伝えるにしても、その根底にある基本的スタンスが違っていると印象は違ってくるというところを気にしています。根底にある検査に対して抑制的な考え、検査をコントロールしようとしている人の価値観が、文面に滲み出ているように感じるのです。

 

全ての選択肢を平等に

 もうひとつ付け加えると、ここに列挙されている文では、出産し子を育てていく未来しかイメージされていません。「何か問題があったら妊娠継続を諦めようなどと考えないで、がんばって産みましょう。みんなでサポートしますよ。」と一所懸命に伝えられている印象しかありません。

 それは大事なことであることはもちろんです。生まれてくる子どもにどんな問題があろうと、社会全体で助け合いつつしっかりと育てられるようにしていくことは理想ですし、そのような社会を形成し継続させていければ良いと思います。しかし、現実は必ずしもそうではないし、また個々人の考えや価値観には違いがあります。国際社会の中ではこれまで育ってきた背景や宗教的思想・信念にも違いがあります。どんな問題があっても産み育てることが正義とは必ずしも考えていない人もいるでしょう。伝えるべき情報が一面的であってはいけないと思うのです。人にはそれぞれの事情があります。状況にあわせて選択可能な複数の選択肢が提示されるべきでしょう。

 この「情報提供の内容」が作成された背景には、やはりこれまでのNIPT実施施設の実績から得られた、胎児の染色体異常が判明した妊婦の9割が人工妊娠中絶を選択しているという情報に対して、妊婦さんが“短絡的に”中絶を選択しているという認識を持ち、中絶を減らしたい、できることなら出産を選んでほしいという気持ちが反映されているのではないかと感じています。最終的に中絶を選択した方々の中にも、できることなら出産を選びたい、中絶はしたくないという考えだった女性はかなりの数おられるはずです。中絶の選択に対して、よく“安易な”とか“短絡的な考えで”的な表現をされる方がおられるのですが、それは先入観に過ぎません。中絶してほしくないという気持ちはわからなくはありませんが、その選択の背景にもさまざまな人による違いがあります。そういった部分に考えを巡らせることなく、否定的な考えで臨まないでいただきたいと思います。

 本当に伝えるべき情報は、検査結果を受け取った方それぞれが、現時点で選択することが選択肢を分け隔てなく提示し、検査を受けた人にはそれらいずれをも選択する権利があること、よく考えた上での結論は誰にも侵害されることなく、いずれの結論でも十分なサポートを受けられること、なのではないでしょうか。