胎児を観察する時期として、12週13週が大事だということを、多くの人は知らない。

 ずっと待ち続けてきた正式に認定を受けてのNIPT実施の実現、厚生労働省には迅速に進めていただきたいと願っています。去る2021年10月27日に、第1回出生前検査認証制度等運営委員会が開催されたようです。果たして、どのような制度が決められるのでしょうか。引き続き注視していきたいと思います。

 そうこうするうちに、学会が認定していないNIPT実施施設の増加は勢いを増しています。いまや、出生前診断というと、産婦人科以外のクリニックが扱うもののようになってしまっていて、産婦人科で開業しているクリニックの先生たちはこの状況を指を咥えてみているという酷い事態です。このままこれを放置していて良いのでしょうか。

この国の胎児超音波検査は停滞傾向?

 ずっと出生前検査・診断を専門にやってきた中で、すごく残念な状況だと思えることは、やはり胎児超音波検査がこの国では停滞傾向にあるように思えることです。もちろん、学会に参加して新しい試みや臨床研究の成果を発表し、議論している一部の熱心な人たちは、それなりに頑張っているとは思うんです。問題なのは、そういった一部の熱心な人たちと、一般診療を担う普通の産婦人科医たちとの間のギャップです。

 超音波検査というのは、ある意味手軽な検査です。診断装置は場所を移動させて使用できる手軽さがある大きさだし、スイッチを入れてゼリーをつけて探触子をあてれば、画像が出ます。羊水中にいる胎児は観察や表示が容易いので、産科診療の現場では急速に普及しました。胎児を表示するだけなら、たいしたトレーニングも必要ないし、安全な検査なので、誰でも扱うことができます。

 しかし、胎児は大人と違って、じっとしているわけではありません。また、体の向きひとつとっても、一定の条件で観察できるわけではありません。どうすれば観察したい対象をより観察しやすい条件で表示できるのかという技や、どこに何が存在するのかという解剖学の知識、どの時点でどこまでつくられてどれだけ働いているのかという発生学の知識、どういう変化が起こると体はどういう影響を受けるかという生理学や病理学の知識、画像を表示する上でなにがどう影響して実際の画像はどう変化するのかという工学的・超音波診断学的な知識、そして、先天性の疾患にはどのようなものがあるのかという胎児診断学や遺伝学の知識などを駆使して、より正確な評価に繋げなければなりません

胎児を観察することがあまり求められていなかった

 こういった知識や技術は、医学部での学習や実習で身につくものではありません。また臨床研修でもこれらを網羅して身につけることは容易なことではありません。それどころか、産婦人科専門医を取得するレベルに達したとしても、胎児の観察はその先のサブスペシャリティの部分になりますので、皆が身につけているわけではないと言えるのです。また、知識や技術はどんどん進んでいきますので、常にアップデートし続ける努力も必要になります。

 実は超音波診断装置の開発当初は、日本は超音波診断の先進国でした。診断装置そのものの技術開発も、日本の優秀な技術者たちの存在のおかげで、世界の先頭を走っていました。これによって、超音波診断装置は日本国内で普及し、産科診療を行う施設では、どこでも必ず置いている機器の一つとなりました。この頃の使用目的としては、羊水量や胎盤の位置といった子宮内の状況の把握や、胎児の発育についてそれまでの子宮や妊婦のお腹の大きさから推定するのではなく、より具体的に胎児を計測して知るというものでした。

 こういった妊婦健診をより良くする点については、日本は文字通り先進国だったと思います。しかし、胎児の問題(病気や先天異常)を見つけるという目的に進む段階で、日本の医師たちは前に進めなくなってしまったのです。このことは、これまでもこのブログで何度か言及してきました。

 特に、妊娠初期における胎児の観察は、海外の他の国と日本での扱われ方に大きな差が生じた部分と言えるでしょう。多くの国では、妊娠12週前後に首の後ろのNT(後頚部透亮像)を計測して、胎児の染色体異常の発見に繋げるということを積極的に行なってきたので、ここからこの時期にさまざまな観察を行う形への広がりが自然な流れとして起こりつつあります。しかし、日本では、この時期に観察することはほとんど行われておらず、より早い時期(妊娠6週から10週ごろ)に経腟超音波での観察を行なったのち、妊娠中期になるまで、胎児をしっかり見るということはほぼありません

妊婦健診では、胎児を細かくは見ていない

 日本のほとんどの人が、日本の医療は最先端を歩んでいるとお考えでしょう。事実、日本における周産期死亡率は世界でもトップレベルの低さです。だから、妊婦さんは日本国内できちんと妊婦健診を受けてさえいれば、出産まで安心と考えるのが普通でしょう。しかし、こと胎児の問題を見つけるという点では、日本で普通に妊婦健診を受けているだけでは十分ではないということは、あまり知られていないのです。何しろ超音波をあてて胎児を毎回見てくれているんだから、何かあれば伝えてもらえるだろう、順調と言われたので大丈夫だろうと考えておられることが多いのです。

 実を言うと、海外やわれわれのような専門施設で妊娠12週ごろに胎児の詳細の観察を行なっているという事実をまだ知らない人は医師でも多いのです。そしてこの傾向は、その施設に所属する医師の人数が少ない施設ほど明らかになります。なぜなら、新しい情報を得る機会が限られるからです。一施設に多くの医師がいれば、誰かが新しい情報を持ち込んでくる可能性は高まりますし、それぞれに違った専門分野を持っていたりすると、元々の自分の専門分野ではないところの情報も入りやすくなります。また、交代で休みを取ることもやりやすいので、学術集会などに参加して、新しい情報を得る機会も多くなります。反対に、医師の人数が少ない施設では、よほど熱心にいろいろなソースを利用して勉強する医師でなければ、どうしても医療は我流になりがちだし、過去に得た知識を元にしがちになります。

 このような状況が重なって、今の日本では妊婦はもちろんのこと、医師でさえも妊娠12週ごろに胎児を観察することが海外では重要視されているという事実を知らないことが多いようです。

出生前検査を産婦人科医の手に

 私たちが早い段階で胎児の疾患の可能性について言及することについて、多くの医師は興味を持って受け止めてくださり、自分たちもそのことについて知ろうと前向きになって、私たちの話も熱心に聞いてくださるのですが、とても残念なことに一部のある程度経験年数を経ている医師は、「この時期にそんなことがわかるはずがない。」と言下に否定したり、私たちのことを胡散臭いと考えたりするようです。一口に医師と言っても世の中には色々なキャラクターの方がおられます

 しかし、とても重要なことは、冒頭に述べたような、産婦人科以外のクリニックが出生前診断を扱ようになってしまっている現状を変え、出生前検査を本来の専門家であるはずの産婦人科医の手に取り戻すことだと思っています。そのためには、産婦人科医がもっと胎児の超音波を頑張って、身につけることが必要です。

 私たちは、まだまだこの国においては一般的でない、妊娠12週ごろの胎児超音波検査を、医師の皆さんにも、一般の皆さんにももっと知っていただけるよう周知していくと同時に、まだこの分野の経験が豊富ではない医師たちに、私たちの経験を伝授してい苦ことが大事だと考えています。

https://www.fmctokyo.jp/fetalultrasound

 このような考えから、一般の方々向けにはYouTubeチャンネルで情報を公開し、医師向けには『FMC川瀧塾』という勉強会をつくって、学びの場を提供しています。以下は、YouTubeで公開している妊娠初期胎児超音波検査についての解説のリンクです。

(注意)この動画の中には、一か所誤りがあります。それは、胎児頭部の観察の部分で、左右の側脳室の真ん中に見える小さな隙間の部分を『第三脳室』と表示している点です。ここは、これまで同様の表現で説明している資料が国内外でいくつか見られていましたが、実際には第三脳室ではなく、『中間帆腔』という部分であることがわかりました。この場を借りて訂正させていただきます。

www.youtube.com

(注意)この記事のタイトルでは、大事な時期について、12週13週としました。これまで胎児が染色体トリソミーを持つ確率を知るために行われていた『コンバインド検査』での胎児の観察時期である、11週0日〜13週6日という設定とは少し違っていることに気づかれた方もおられることと思います。その理由は、NT計測を中心とするコンバインド検査の時期としては11〜13週が適切とされてきたわけですが、実際に胎児の携帯や構造について詳しく観察するとなると、妊娠11週での観察は、12週13週での観察に比べて現状ではやや診断能力が落ちると実感しているからです。このため当院でも、実際に検査を行なった胎児の大きさが11週相当であった場合に、十分な観察ができていないと感じた時には、もう一度13週あたりで再度観察させていただくことをお勧めする場合があります。

https://www.fmctokyo.jp/fees