妊娠初期の胎児超音波検査について、海外との開きを埋める努力が必要

新型コロナウイルスのパンデミックは、私たちの生活を大きく変えました。以前のように自由に人との交流ができない状況が続いています。コロナの流行前には、私たちの仕事上の発見や成果を学術集会で発表し、議論するということが当たり前でした。今はこれにも制限があり、なんとかリモートで発表する形は存在しているものの、十分な議論ができないもどかしさを感じています。

 しかし、この不便さが逆に恩恵をもたらしてくれた部分もあります。私にとってそれは、海外のエキスパートの話を、リアルタイムで自宅や職場で視聴することができるようになったことです。これまでは、エキスパートの講演は、高い旅費を負担して現地に赴き、学術集会参加費を払い、大勢の人たちと一緒に広い会場で聞くのが普通でした。それが、国際的な学術集会がリモートで開催されるようになって、多くの専門家の講演を、日本の好きな場所で自由に視聴できるようになりました。リアルタイムで視聴する場合は、時差があって辛い部分もありますが、多くの講演会では講演後約2週間ほどの間なら再度録画を視聴することを可能にしてくれていますので、助かります。

胎児中枢神経の超音波診断についての講習会

 先々週末、私の仕事に密接に関連する講演会に連続して参加することができ、また新たな有用な情報を得られたと同時に、日常診療の中で、自分たちが常々感じていたことについて海外のエキスパートたちも同じ見方をしていたこともわかって勇気づけられたこともあり、充実した週末となりました。

 まず8月21日土曜日イギリス夏時間の8時半(日本時間午後4時半)から、ISUOG advanced neurosonography course: the dark side of the brain and changing the paradigmに参加しました。これは、ISUOG(国際産科婦人科超音波学会)の教育プログラムの一環で、昨年から今年にかけてこの学会の出している胎児中枢神経系の超音波検査についてのガイドラインが改定されたことを元に、新たなガイドラインに基づいた観察項目及びポイントを周知するとともに、関連する検査の話題も含めた内容となっており、夕方16時過ぎ(日本時間深夜0時過ぎ)まで丸一日かけた講習会となりました。私たちが日常的に行なっている妊娠中期の胎児超音波検査の中で、胎児の頭蓋内や中枢神経系についての観察方法をアップデートするとともに、同じく妊娠初期の胎児超音波検査で、胎児の頭蓋内の何がどう見えているのか、それが将来の何につながるのかなど、これまで積み重ねてきた経験や学習結果を再確認するとともに、新たな視点を加えることにもつながり、毎日の診療をレベルアップし続けることに有意義な学習の機会となりました。

NT Expert

 そして、この講習会の最終盤にきて、私は別の講演会に移動しました。なぜなら以前から是非参加したいと考えていたプログラムが別にあったからです。それは、以前から何度か参加しているLondon School of Ultrasoundの新企画、FIRST TRIMESTER MARATHON 2021のスタート企画として行われた、NT Expertというプログラムでした。これは、私たちが毎日観察している妊娠初期の胎児におけるNT (Nuchal trranslucency) の肥厚に関連して、他に何を観察すべきなのか、より詳しい超音波検査によってどういう情報を得ることができるのか、得た情報をもとに胎児の何をどこまで調べるべきなのか、次に行うべき検査は何か、といった話題を凝縮した2時間半のプログラムで、こちらはイギリス夏時間の午後3時(日本時間の夜11時)スタートでした。

 私たちのクリニックにおける診療で、今もっとも大事なものの一つとなっているNT肥厚のケース。当院における検査で発見されることもありますし、他院で指摘されたけれど詳しいことがよくわからないということで相談してこられたり、より詳しく検査してもらいたいと紹介されてきたりして、毎日観察しています。そんな中で、現在、私たちの診療は、単にNTを見るだけでなく、胎児の体の詳細について妊娠初期のうちから細かく観察することの意義を重視するように変化してきました。もうただNTを測るという時代は過去のものになってきたと感じていました。そして、どのような場合に絨毛検査を行うのか、絨毛検査ではどこまで(採取した絨毛組織を使って染色体や遺伝子についてどれだけ詳しく)調べるのか、絨毛ではなく羊水で評価すべきなのか、などさまざまな課題がケースごとに存在し、きめ細かい対応と評価が必要であることを痛感してきました。

 今回の講習会の内容は、まさにこの私たちが日常直面している課題にドンピシャの内容で、いつも私が考えていることと同じことを英国のエキスパートも言っていると勇気づけられたり、ああそういうふうに考えてそうしているのかと気づかされたり、こちらも本当に充実した2時間半でした。この前のISUOGの講習会が終わりきらないうちにこちらが始まってしまったのですが、ありがたいことにどちらも講習終了後2週間の間、録画視聴で振り返ることができるようになっていることでカバーできました。

海外における検査の進歩と日本の現状との乖離

 これらの講習会を受けつつ、私自身は日常診療にすぐに役立つ有意義な学習であったと感じた一方で、妊娠初期の胎児の超音波検査が今どんどんと進歩してきていることが、日本における産科診療にほとんど反映されていないことに危機感を感じました。今回私が参加した二つの講習会には、全世界からたくさんの医師たちが参加していたと思われますが、果たしてその中にどのくらい日本の医師が含まれていたでしょうか。特に後者のNT Expertに関しては、日本の医師はほとんどいなかったのではないかと思います。

 何しろ日本では、妊娠初期に胎児をよく観察するという機会自体がほとんどありません。世界の多くの国では、妊娠11週から13週の時期に、NTを計測して出生前診断に繋げるということが習慣化していました。この時期の胎児の観察がより細かくなってきた流れは、このNT計測が普及していたことから発展したものです。これに比べて日本では、NT計測を中心とした出生前診断は全く普及していませんでした。これは、これまでにもこのブログで述べてきたように、出生前診断そのものが日本では積極的な扱いになっていなかったことが関係しています。従って、日本のどこに行っても、妊娠11週から13週の時期に胎児の観察を行うという機会を設けている医療機関はほとんど皆無に近いです。この時期に胎児がそこまで観察できるんだということを日本のほとんどの方は知らないと思います。産婦人科医でさえ知らない人は多いのですから。

日本における出生前診断は変化の途上にある

 先日の厚生労働省の専門委員会で、日本における出生前検査・診断の扱いは、大きく変化することになりました。これまで、出生前検査について妊婦さんたちには「積極的に知らせる必要はない。」とされていたものが、これらの検査についての情報を「全妊婦に周知していく」方針に変わろうとしています。そんな中で、情報を得て検査を希望される方々に対して、実際に診療を行なっている産科医が、検査の内容についてどこまできちんと説明できるのか、どこまできちんとした検査ができるのかは、大きな課題になると思います。今は主にNIPTがクローズアップされ、その検査体制をどうするかが課題と考えられているかもしれません。しかし、NIPTが普及すると同時に、その検査結果を得ることのできる時期と同時期の胎児超音波検査の必要性・意義も高まってきています。産婦人科医師は、ただ母体血液をとって検査室から返ってくる結果を見るだけでなく、自分たちの専門分野の技術を磨いて、総合的な判断をしなければならない時代になっています。この判断が、世界のスタンダードから遅れてしまわないように、日本の医師たちも努力していかなければなりませんが、そのためにはこの20年の空白によって生じた遅れを取り戻すことからやらなければなりません。

若手医師たちはやる気を見せている

 しかし光明も見えています。若手産婦人科医師たちが、自ら学びつつその学びを後輩に伝授していこうという動きが出てきています。ちょうど私がこの海外のセミナーに参加していた時と同じ日に、日本産科婦人科超音波研究会(JSUOG)の企画で、第1回産婦人科超音波 超ベーシック講座Summer Seminar「胎児超音波の第一歩を踏みだそう!」というセミナーが開催されました。これは、職種を問わず産婦人科超音波を学びたいすべての人を対象としたセミナーで、企画の構成や講習を担当したサポートメンバーには、当院の木曜日の診療を担当してくれている紀平力医師のほか、私たちが行っている勉強会「FMC川瀧塾」に参加してくれた若手医師も何人か加わっていました。

 胎児心エコーと妊娠初期の胎児検査を学ぶ実践的勉強会である、「FMC川瀧塾」は、毎月一回x6回の半年コースを続け、5年(10期)になろうとしています。これからもまだまだ日本では普及しているとは言えない妊娠初期の胎児検査について学ぶ機会を提供し続けて、日本の胎児検査のレベルアップに寄与していきたいと考えています。

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