プロの判断が、固定観念に縛られてはいけない。 – 染色体異常の“確定診断”とは何か

新型コロナウイルス感染者数の急激な増加による医療崩壊の真っ只中にあります。多くの妊婦さんが、不安を抱えつつ毎日を送っておられることと思います。先日、千葉県において、新型コロナに感染し自宅療養中だった妊婦さんが自宅で早産してしまい、生まれた新生児はなくなるという痛ましい事件があって以来、各地でワクチンの妊婦さん優先枠を作る動きが加速しつつあります。できることなら、このような問題が起こる前に、妊婦さんへの接種が早く行われる体制であったなら(実際そうなるように少し働きかけはしていました)と、忸怩たる思いではあるのですが、それでもそういう動きが出てきたことは歓迎すべきことと感じています。

さて、ブログですが、前記事でコロナワクチンについて取り上げましたので、今回はまた出生前検査の話に戻りたいと思います。

 

 当院を受診されるきっかけにはいろいろな理由がありますが、その中の一つとして比較的良くあるものに、前回の妊娠の時に検査でいろいろ苦労したとか、生まれたお子さんに先天性の疾患があったので、今回の妊娠では問題がないか心配というような、過去の妊娠と関係したものがあります。そんな中には、なぜそのような話の流れになってしまったのかと思うようなケースもあるのです。

 

迅速検査の存在を知らされていないケース(ケース1)

 ある方は、妊娠20週時点の超音波検査で、胎児に口唇裂、心奇形、脊髄髄膜瘤など複数の問題があることがわかりました。これをもとに羊水検査が行われたのですが、その病院では、結果が判明するのに3週間かかるという話でした。胎児の染色体が13トリソミーであることがわかったのは、妊娠23週の時でした。その後妊娠38週で出産されたのですが、赤ちゃんにはさまざまな治療困難な問題があり、生後1ヵ月もたたないうちに亡くなってしまいました。この経験をもとに、次の妊娠では万が一胎児に何らかの問題があるようなら、もっと早い段階で知りたい、より早くより正確に診断がつくようなら、その情報をもとに考えたいという希望があり、当院を受診されたのでした。検査に先立って、遺伝カウンセラーと面談している時に、前回の経過の話になったのですが、羊水検査の時に迅速検査を行なっていれば、22週よりも以前に結果を知り出産するか中絶するかを検討することもできたのではないかという疑問点が生じました。この点についてお伺いしたところ、迅速検査という方法があることは、初めて聞いたとのことでした。

 

羊水穿刺を避けて行なった検査の結果で、結局羊水検査を受けなければならなくなったケース(ケース2)

 またある方は、妊娠30週を過ぎてから、胎児にいろいろな問題が見つかりました。かかりつけ医では、胎児の発育がよくないということで周産期センターのある拠点病院へと紹介されたのですが、その病院に転院後の検査で、口唇口蓋裂や心奇形などが見つかりました。この方は、あまり子宮に針を刺すような検査は希望されなかったとのことで、拠点病院ではこの時点でNIPTが行われました。NIPTの結果、18トリソミー陽性という結果が出たのですが、その後の経過がまさに紆余曲折というようなものとなってしまっていたのです。

 医師たちはなぜか、羊水穿刺による診断の確定が必要と考えたようで、妊娠34週になって羊水穿刺が試みられました。話によると、胎盤の位置や羊水量の問題などがあって、採取は極めて困難で、妊婦さんには負担の大きい検査になったようでした。時間をかけてやっとのことで検体を採取し、検査に提出されたのですが、結果が出る前に胎児の状態が悪化し、医師たちから帝王切開の提案が出る(妊婦さんや家族は拒否。その後胎児はなんとか持ち直した。)など、混乱を極めました。羊水染色体検査の結果は、やはり18トリソミーで、その後の分娩方針や胎児が出生後の治療方針についてなど、産科・小児科や遺伝カウンセラーなど複数の職種のスタッフを交えて家族との話し合いがもたれましたが、短い時間の中で妊婦本人や家族の希望と医師たちの考えをすり合わせるのも大変な作業だったようです。この分娩と出生後の治療の問題も、医師による見解の違いや医療機関ごとの選択の違いなど、まだまだたくさんの議論がありますが、ここにまで話を広げると収拾がつかなくなるので、また別の機会にとりあげられればと思います。今回は、この診断の過程に焦点を絞ります。

 

問題点は何か

 この二つのケースの診断過程における問題点をまとめると、

1. まず問題が発見される時期が遅い。

2. ケース1ではそれでも人工妊娠中絶が選択肢に入れられる時期に発見されている。しかし、確定診断に時間がかかり、その選択肢を放棄した形となっている。

3. 染色体検査で核型が示されて初めて確定診断と考えられているので、それ以前に判断することが許されていない。

の3点に集約されます。

1. については、次の記事で論じたいと思います。

2. はまあ結局3. と同じなのですが、なぜ迅速検査の存在も知らされず、これが選択されなかったのか。これは不作為、あるいは不誠実な対応といっても良いと思います(が、実はよくあります)。

それで、3. の問題が実は大きな問題ではないかと感じているのです。

 

迅速検査では確定できないのか

 染色体の迅速検査として、現在多く用いられている方法は、FISH法というものです。これは、ある特定の染色体の領域に反応して蛍光を発する標識を使って、染色体標本上の蛍光を観察することで、その部位がいくつ存在しているかを確認し、染色体の本数の判定につなげるものです。(当院ではこのほかに、欧州などで主流となっているQF-PCR法も採用しています)

 この迅速検査では、標本の状態その他の問題で、わずかながら偽陽性や偽陰性が生じます。現在、日本では、染色体検査の方法のうちで最も普及しているG分染法が、確定診断としての信頼性の高いものと認識されていて、ごく稀ではあるものの、FISH法で得られた結果とG分染法による結果との間に違いが生じるケースが存在するので、FISH法の結果を確定と思わないように注意すべきとされます。

 検査というものは、100%完璧なものを期待できるかというと実はそうではないということは必ずあるので、その結果をどう解釈し、考えて、診断に繋げるかということについては、どうしても専門家の中でも多少の違いが生じます。ただ、私から見て今の日本の状況は、多くの医師たちがあまりにもG分染法偏重に偏りすぎていると感じます。

 出生前検査の分野は、産婦人科の中でも特殊な領域で、専門家の数は多くはありません。そんな中で高い地位に登りつめ、権威と称されるようになる人はほんのひと握りです。しかし出生前検査に関係した問題は、数は少ないもののいつどこで生じるかわからない形で産科診療の中に潜んでいます。したがって、あまり専門的知識を持たない普通の産婦人科医が突然問題に直面する可能性があり、そうするとどうしても一握りの権威に頼るしかない状況が生まれます。また、若手医師がこういった特殊分野について学ぼうとすると、多くの場合同じ一握りの権威の指導を受けることになります。この結果、ある少数の権威の考えがこの国全体の出生前検査の考え方のベースに横たわる強固なものとなりがちです。

 現在のG分染偏重の機運が、このような過程で培われたのかどうかは定かではありませんが、概ねそういうものではないかと感じています。日本人は権威に弱いし、専門分野として極める気がなければ、自分で調べたり考えたりする人は少数派だし、海外の情報を集めて参考にする人も少数派です。また、考えるきっかけとしての事例も少なく、あまり問題にぶつかることなく過ごしていけます。

 しかしその一方で、個々のケースの当事者は、この問題に翻弄されていたりするのです。多くの医師は、このような問題に遭遇することは少ないので、そういう問題があることすら気づいていないこともあります。

 

検査に頼り、総合的判断を避ける傾向にないか?

 この「FISH法を確定検査と考えてはいけない。」という考え方は、すごく浸透しているように感じられます。なぜなら、私たちのクリニックを受診された方からもよく聞く話だからです。おそらく私たちのところにアクセスしていない人がそれはもうたくさんおられることでしょう。

 もちろん、万が一の間違いがあってはならないという注意喚起として、この迅速検査の結果を絶対視してはいけないという考えを普及させることは必要なことです。しかし、すでに超音波検査で染色体の問題が想定されている時に、そこで想定された問題と同じ結果がFISH法で得られた時に、それでもまだ確定ではないからG分染法の結果を待たなければ何も決めてはいけないとすることが、正しい考え方でしょうか。この考えに囚われて、妊婦さんには絶望的な気持ちを抱えたままもう2週間待ってもらわなければならないのでしょうか。人工妊娠中絶の選択ができない時期になってしまうことがわかっていても、結果を待たなければならいのでしょうか。

 少なくない施設において、妊婦さんがさまざまな理由で(例えば超音波検査で何らかの異常が指摘された場合ですら)妊娠19週ごろに羊水穿刺を希望しても、「結果が出るのに3週間かかるから、もう羊水穿刺を行なって染色体の問題が見つかっても中絶はできません。」と伝えられていることがあるということも耳にしています。「この時期にはもう羊水穿刺には意味がない。」という言い方をする医師までいます。これらの施設では、迅速検査というものの存在は無視されていると言って差し支えないと思います。中には、できるだけ中絶を選択できないようにしようという医療側の意思を反映していると思えるような事例も存在しています。染色体異常と中絶の問題は、なんとなく議論が避けられたまま曖昧な形でこの国に存在し、医師の考え次第で左右される状況にあるのです。

 

検査を行うにあたっての事前の条件を考慮しているか

 ケース2の場合の、NIPTで得られた結果が確定診断とはできないので羊水穿刺を行ったという部分も、前段で取り上げた迅速検査がNIPTに代わっているだけで、本質的には同じ問題です。得られた検査結果にどれだけの信頼性があるのかの判断の問題だと思います。このケースでは、検査を受ける側の妊婦さんの、なるべく侵襲的な手技を避けたいという気持ちを尊重して、NIPTが選択されたはずなのに、結局羊水穿刺に進むということになっていたわけですが、それならNIPTを行うことにどういう意味があったのでしょうか。医師たちはそもそもどういう結果を想定して検査を行なったのか、どういう結果ならどう判断するということを考えていなかったのでしょうか。

 海外では、出生前検査が長い年月をかけて実際に行われながら、改良が続けられてきました。そんな中で、いわゆるスクリーニング検査 – 特に対象を絞らず、全ての妊婦が受ける検査として行われる検査では、その判定、特に偽陽性や偽陰性の存在には、特に注意を払う必要があったと思います。しかし、今回取り上げたケースもそうですが、日本でこの種の検査が行われる場合の多くは、スクリーニング検査としてではなく、何らかの理由があって選択された検査です。例えば染色体の迅速検査や、NIPTの結果が、スクリーニング検査として行われたものならば、『陽性』判定が出たとしても、本当に間違いがないのか、その判断は慎重にならなければなりません。しかし、何らかの超音波所見があって、それに基づいて異常所見が発見されることをある程度想定されている場合に、それに見合った結果が得られた時は、同じ迅速検査やNIPTであったとしても、考え方、扱いは違うはずです。専門的な表現を使うと、前者では事前確率は低いので陽性的中率も低いと考えられるが、後者では、事前確率が十分に高いので、陽性的中率もかなり高いと考えることができるということになります。

 検査を扱う場合に、その検査がどういう性質を持ったものなのか、よく知り、考えた上で判断すべきだと思います。そして医師が医療の中である検査を行うとき、それは医師として診察を行って得た所見に基づく判断を補完・補強するものとしてあるし、そのほかの検査とも補完しあってより正確な診断に近づくものであり、それがプロフェッショナルの判断というものだと思います。その検査単独で確定かそうでないとされるのかという固定観念に拘泥すべきではないのです。

 全国の産婦人科の先生たちには、固定観念に縛られず、先輩から指導された内容が本当に正しいのかについて疑問を持って臨んでほしい。自分たちもプロフェッショナルとして、自分なりの判断がきちんとできる人になってほしいと思うのです。

 

 表には出てこないけれど、けっこう多くの妊婦さんが、上記のような状況で心理的な負担を抱えての妊娠・出産に臨むことになったことがあるのではないかと感じています。もし、妊娠19週20週ごろに超音波検査で胎児に何らかの問題があると指摘されつつも、もう羊水での染色体検査は中絶には間に合わないという話をされている方がおられるようなら、その話を鵜呑みにせず、急いで私たちに相談していただきたいと思います。私は、決して中絶を勧める立場ではありませんが、中絶を忌み嫌う立場でもありません。現在この国では、妊娠22週未満の時期の中絶は一般に行われているものです。状況によっては一つの選択肢としてあって然るべきものと思います。医師個人の思想に基づいて、中絶をなるだけ避ける方向に(それは検査結果、ひいては確定診断が間に合わないという一見もっともらしい理由をつけて、消極的な体で)誘導されてしまうべきではないと考えています。