日本の妊婦さんにもっと知ってほしい事実2:切迫流産と流産とはほとんど関係がない!?

出生前検査・診断についての思いが強すぎて、そういう話題ばかり書いてきましたが、産科医として気になっているこの国の妊婦診療の問題は、他にもあるのです。そういうものも取り上げていきたいと思います。

当院では、以前より妊娠初期の胎児超音波検査を国際標準に則って積極的に行なっており、この検査は日本ではあまり普及していないことから、開院以来多くの方に受けていただいています。

ただ、ときどき突然キャンセルの申し出を受けることがあり、とても残念な思いをするのです。そのキャンセルの理由として比較的多いのが、「かかりつけで切迫流産と診断され、安静を指示されたので、受診できない。」というものです。

そもそも『切迫流産』って?

そもそも切迫流産とは何か。公益社団法人日本産科婦人科学会のホームページ内に以下の説明があります。

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これを読むと、「流産の一歩手前」と表現されていますので、ちょっと油断していると流産してしまう状態と感じてしまいます。「妊娠継続できる可能性があります。」という記載も、まるで「普通は流産してしまうけどうまくいけば継続できるかもしれない」というような意味にとれてしまいますね。

一方、同学会が編集・監修している『産科婦人科用語集・用語解説集 改訂第4版(2018年)』によると、それは

「妊娠22週未満において胎芽・胎児および付属物が排出されていない状態で,流産へ進行する可能性があると判断される臨床症状(性器出血、腹痛、子宮頸管長短縮などの1つまたは複数)を呈する場合をいう.子宮腟部びらんや子宮頸管ポリープからの出血,他の疾患による腹痛など,流産に結びつかない明らかな原因がある場合や,胎芽・胎児の死亡が確認された場合は除かれる.この用語は、超音波断層法で子宮内に胎嚢が検出されていて上記の症状を呈する症例に対して用いる.」

と記載されています。

すごくややこしい定義ですが、ポイントは、『流産へ進行する可能性があると判断される臨床症状』というところでしょうか。この判断を医師が行うわけですが、“可能性がある”というところがミソでしょうね。

実際の臨床の場ではどうなっているの?

それで実際の臨床の場ではどうなっているかというと、妊婦さんがちょっと出血してきたりしたら、片っ端から『切迫流産』という診断がつくんです。もうほんとに流産する可能性などすごく低くても、可能性がないわけではないという解釈で。

そして、海外では全く使用されていないような子宮収縮抑制剤や止血剤などの処方が出され、これを保険診療で行うという流れが多いです。

もうだいぶ前から良心的なお医者さんは「意味ないだろ」と思ってましたが、開業医やベッドに空きがある病院などでは、『切迫流産』という診断名をつけて薬を処方して、ときには入院させて点滴までしたりすると、ベッドの空きも埋められるし、ちょっとでも収入につなげられるので、エビデンスがなくてもこれがやめられません

妊婦さんの「流産しては困る」という恐怖心につけ込んでいる面もあると思うし、ごくまれに本当に流産に至るケースがあったりすると、治療せずに帰したら責められたり時には訴訟の対象になったりする恐れもあるし、そもそも日本人は薬をもらうのが好きなので、必要のなさそうな薬でも、出さない医者は「薬も出してくれない」と嫌がられるし、という要素も相俟って、なんだか慣習的にこのある意味便利な診断名と治療が生き残っているのです。

昔は判断が難しかった

今から40年くらい前は、おそらくまだ超音波診断装置もほとんど普及しておらず、よくみえなかった(経腟超音波などなかった)こともあって、流産の判断はすごく難しかったと思うんです。

その当時なら、妊娠初期に出血や腹痛があれば、「これは流産につながる症状かもしれない」と警戒して、何らかの方法で防げるものなら防ごうという発想があったことは、容易に理解可能です。なにしろ、流産は妊娠初期に多く、その時期の胎児を観察することなどできませんでしたし、胎児が生存しているのか否かなどの情報を得る手立てはなかったのです。出血や腹痛という症状がある時に、それが流産につながるものなのかそうではないのかを見分けることなどできませんでした。

しかし、今は違います

胎児が生存しているのかは超音波で容易に観察可能だし、出血の原因がどこにあるのかも所見からある程度推定できますそもそも、妊娠12週ぐらいになって胎児が生存しているケースでは、流産率は極めて低いのです。医療技術も進歩して、知見も増え、いろいろな判断が可能になっているにもかかわらず、40年前の見方、考え方をそのまま踏襲しているようなやりかたは、明らかにおかしいと思います。

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安静とは具体的にどうすることなのか

『安静』という指示ほどよくわからない、曖昧なものはないと思います。

自室内で寝ていなければならないのか、自宅内なら行動しても良いのか。

炊事・掃除や洗濯などの家事はどのくらいならしてもいいのか。外に買い物に行くことはダメなのか。

入浴やシャワーは可能なのか。

ほとんどの場合、具体的な指導はなく、自分で判断しなければなりません。

これは、医師にとっては都合の良い表現で、万が一流産に至ってしまった場合でも、あなたが安静にしていなかったのが悪いと、人のせいにできます妊婦さんは、本当に流産してしまった場合、自分を責めることにつながってしまうので、とても良くないことだと思います。

妊娠12週で子宮内に胎児が存在し、週数通り発育していて、心臓も動いているなら、多少出血や腹痛があったとしても、特殊な場合を除いて流産する可能性は低いと言えます。そして、薬を使ったり、安静にしていることで何らかの違いが生じる余地は、ほぼありません。

『切迫流産』でネット検索すると、『流産の一歩手前』『流産につながる症状』といった表現に行きあたることが多く、現実とはかけ離れていると感じます。産婦人科の医師の多くは、流産につながるとは思っていないはずです。特殊なケース(たとえば感染などが原因で、本当に流産してしまう)に当たって、自分の判断ミスということにされたくないから、可能性は低いと思っても一律の対応をしているに過ぎません。

学会のガイドラインには、どう記載されているか

参考までに、日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会が編集・監修している、『産婦人科診療ガイドライン 産科編2020』中の、[CQ206]妊娠12週未満切迫流産の管理上の注意点は?の項を転記すると、

Answer 2.

 2) 流産予防効果が確立された薬物療法は存在しない.(B)

 3) 休職や安静による流産予防効果は確立されていないが,勤務内容等によるリスクも考慮し,個々の症例における勤務緩和や安静の必要性を判断する.(C)

となっています。(B),(C)というのは、推奨レベルで、(B)は、(実施すること等が)勧められる(ちなみにAは強く勧められる)、(C)は、(実施すること等が)考慮される(考慮の対象となるが、必ずしも実施が勧められているわけではない)というものです。

この項目の解説には、以下のような記載があります。

2-2) 児心拍確認後の切迫流産では,薬物療法あるいは安静療法が考慮される.しかし流産予防効果が確立された薬剤は存在しない.わが国で切迫流産に対して健康保険の適用がある薬剤はピペリドレート塩酸塩(ダクチル®),プロゲステロン経口および筋注製剤,ヒト絨毛ゴナドトロピン(hCG)筋注製剤などである.ピペリドレート塩酸塩に関するRCTでは下腹緊満感などの自覚症状改善効果はあるが,流早産予防効果は示されなかった.hCG製剤の流産予防効果も示されなかった.

2018年のコクランシステマティックレビュー(13論文,N = 2,556)では,習慣流産患者を除いては,黄体ホルモン製剤投与による流産予防効果は投与経路に関わらず示されなかった.経口ジドロゲストロン(デュファストン®など)の有効性を示唆するメタ解析,システマティックレビューの報告はあるが,まだ黄体ホルモン製剤の流産予防効果を示す十分なエビデンスはない

トラネキサム酸(トランサミン®など)あるいはカルバゾクロムスルホン酸ナトリウム水和物(アドナ®など)の適応症に切迫流産は含まれず、自覚症状改善や流産予防などの有効性の根拠に乏しいため,使用する場合には添付文書で通常用法・用量,投与経路およびその効果・有害事象(副作用)を確認し、その利益と危険について妊婦に十分説明したうえで同意を得る必要がある.有効性の確立した治療法が存在しないことから,子宮内に胎児心拍が確認されている患者では,軽度の切迫流産徴候(月経時の出血量と同等以下の出血や軽度腹痛)では外来診療時間外の受診は不要で,翌日あるいは予定期日に受診するよう予め説明しておくことが望ましい.もちろん過度の出血や高度腹痛には適切に対応する.

2-3) 安静療法による流産予防効果は確立されていない。妊婦の超音波検査で胎嚢周辺に低エコー領域を認める場合があり,絨毛膜下血腫(SCH)と呼ばれるがその診断基準は不明確である.SCHをともなう切迫流産では自然流産のリスクが上昇し,ベッド上安静が流産率を下げるとの報告があるが,エビデンスレベルは低い.(以下略)

学会のガイドラインにこのように記載されているにも関わらず、現場ではいかに意義の低い投薬や指導が横行しているかというのが、おわかりいただけるかと思います。

この項目が妊娠12週未満についての記載になっているのは、妊娠12週を過ぎると基本的に切迫流産という状態になることが、感染や炎症が関係していると思われしっかりと管理する必要があるケースを除いて、ほとんどないからです。にも関わらず、妊娠12週以降でも、わずかな症状(少量の出血や下腹部の張りの訴え)であっても投薬を行い、『安静』を指示されることがあるようです。

切迫流産という病名は廃止すべき

もういい加減に、この病名とそれに付随する治療は廃止した方が良いと思います

それよりも、本当に流産に至ってしまったケースについて、その原因の追求をしっかりやるべきです。

妊娠初期における流産の主要な原因は、受精卵の染色体異常です。流産全体の6〜7割は染色体異常が原因とされており、これが40歳以上の妊婦になると8割以上になります。染色体の異常による流産は、そもそも防ぎようがありませんので、薬剤投与をしても意味がありません

染色体異常は、偶発的に起こるものが多く、これ自体も予防のしようがありませんが、時に夫婦のどちらかに胎児に染色体異常が起こりやすくなる原因となる染色体の構造異常(転座など)が見つかる場合があります。そういった問題が隠されていないか否かを知るために、流産を繰り返すケースでは流産物について染色体検査を行ったり、夫婦の染色体検査を行ったりする必要があります。

何故か大流行している不育症診療

ところが、今日本の産婦人科クリニック界隈では、不育症診療が大流行りで、1回でも流産すると、血液凝固に関わる各種自己抗体や凝固因子の検査を行なって、ヘパリンやアスピリンの投与という過剰治療を行うケースが増えてきています

時には、一度も流産していないような人までがそのような検査や治療を受けておられます。そのような治療をしつつ染色体検査は行なっていなかったために、治療を続けつつも何度も流産した挙句、後になって流産の原因が本人の染色体の転座だったと判明したケースも私たちは経験しています。この方は、何年も的外れな治療を受け続けていたことになります。

この問題は、切迫流産の話からはちょっと逸れてしまうので、ここではあまり詳しくは言及しませんが、これまでにこのブログで何度も取り上げていますので、過去記事をあたってみてください。

妊婦さんを脅しているだけの「切迫流産」

話を元に戻します。

『切迫流産』という病名ほど、曖昧に使われているものはありません。この病名の存在は、昔の考え方をそのまま残しているにすぎません。個々のケースに応じて、もう少し具体的な病名をつけるようにして、いいかげんさを排除したほうが良いと思います。そうでないと、これは単に妊婦さんを脅しているにすぎないケースが多いと感じます。

この病名をつけられたことのある妊婦さんのほとんどは、後になって、「危機を乗り越えた」とか、「流産の危険があったけど助かった」と思っておられるかもしれません。時には、医療に感謝しておられる方もおられることでしょう。

しかし、本当の事実はだいぶ違います。おそらくほとんどのケースが、脅かされ、心配させられて、必要のない指導や治療をうけただけであって、何もしないで放っておいても結果は変わらなかったに違いありません。もうこの病名は廃止したほうが良いと、以前から私は考えています

子宮内の妊娠が確認されていて、すでに胎児心拍もみられているような場合、多少出血があったからといって、医療機関を受診することも控えて家で寝ていなければならないことはありません。もし本当の安静が必要なら、自宅安静ではなく入院が必要です。かかりつけ医から安静を指示されたからといって、当院での検査をキャンセルする必要はありません。気にせず来院していただいて、ぜんぜん構いません。当院まで移動して検査を受けたから流産の危険が高まるということはありません。

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