『NIPT等の出生前検査に関する専門委員会報告書』を読んで ー その1

2021年5月19日、第121回厚生科学審議会科学技術部会が開催されました。審議事項の議題3として、「NIPT等の出生前検査に関する専門委員会」の報告書について議論されました。

 この会議の資料として、議題3については、以下の二つの資料が提出されています。

資料3-1 NIPT等の出生前検査に関する専門委員会報告概要

資料3-2 NIPT等の出生前検査に関する専門委員会報告書

これに目を通した感想を述べさせていただきます。

遺伝カウンセリングとは、不安や悩みに寄り添う作業なのか?

 『I はじめに』の冒頭から、私にとって違和感のある表現があり、先行き不安になりました。ちょうど前記事で記載したような問題と同根のものが、専門委員会から出された報告書の冒頭にあるのです。曰く、

「このような認定制度の枠組みの外でNIPTを実施する医療機関、いわゆる非認定施設が増加し、日本産科婦人科学会の指針に定められたような妊婦の不安や悩みに寄り添う適切な遺伝カウンセリングが行われずに、、、、」

遺伝カウンセリングについての認識が、『妊婦の不安や悩みに寄り添う』ものであるとされていることについては、正直がっかりしました。これ、非専門家のほとんどがそういう認識かもしれないし、専門家ですらそういう感覚でいることを危惧していたんですが、専門家委員会報告書にこう書かれてしまうと辛い。だいたいにおいて、産婦人科医は遺伝カウンセリングの専門家ではありませんので、日本産科婦人科学会の人たちの認識もずれているんです。(これは次の記事にします)

「確定的検査」「非確定的検査」という分け方は正しい考え方か?

 『II 出生前検査の種類』に記載されている、出生前検査は「確定的検査」と「非確定的検査」に大別されるという表現も、実は以前から違和感をもっていました。

 「確定的検査」は羊水検査や絨毛検査、「非確定的検査」は母体血清マーカー検査、コンバインド検査、NIPT、胎児超音波検査が該当すると書かれていますが、そういう分け方で良いのか。こういう分け方で若手医師を指導するから、医師の判断が画一的・硬直的なものになってしまっている側面があるのです。そもそも医療における検査というものの位置付けは、ここまで明快に二分されるものではないはずです。

 たとえば、羊水検査や絨毛検査を確定的検査としていますが、これはおもに染色体検査のことを指していると思われますので、そういう認識で論じていきますが、染色体検査の結果は場合によっては胎児の遺伝学的状態を確定しきれていない場合があります。 現在、認定施設がNIPTの対象としている21トリソミー、18トリソミー、13トリソミーについては、確定検査と言っても間違いではないでしょう。だから、認定施設が行うNIPTに関してそう表現しているのなら良いのですが、ここの文脈はそうではありません。出生前検査全般に関する記載において、確定的検査と言えるかという話として考えると、何らかの問題が見つかった場合にはそれで確定と言っても差し支えないと思いますが、何も見つからなかった場合に、正常と言い切れるわけではないという問題が残ります。これはちょっと難しい話ですが、わかりやすい例で言うと、染色体検査では遺伝子の変異まではわかりませんよということがこれに該当します。胎児や出生児に何らかの問題が生じる原因は、染色体異常だけではありません。染色体検査で正常という結果を得ても、超音波検査で問題が見つかることもありますし、生まれてからでないとわからない問題もあります。“確定的検査”という表現で捉えられた検査で『正常』という結果を得たときに、胎児には何の問題もないと考えられてしまうとそれは違うわけで、たとえば染色体核型を調べる検査で『正常』の場合は、『染色体核型正常』という事実を捉えたにすぎないという認識が必要になります。

 要するに、「確定的検査」という表現は、何を表しているかというと、検査結果でなんらかの異常(あるいは正常変異)が見つかった場合に、その事実は確定的であるといっているにすぎません。(すごく厳密なことを言うと、染色体検査によって得られた異常所見も、不正確な場合もないわけではないのですが、その話まですると重箱の隅をつつくようになってしまいますので、ここでは言及しません)

 次に、「非確定的検査」としてカテゴライズされている方を見ると、私が気になるのは、胎児超音波検査がここに入れられていることです。これも同じ話で、超音波検査所見からは胎児の染色体異常を疑うことはできても確定はできないという意味では、その表現で良いと思います。超音波で染色体を調べられるわけではないので、あたりまえの話です。しかし、超音波を用いて、胎児の形態・構造の異常を診断した場合、それは『確定』なのでしょうか『非確定』なのでしょうか?

 たとえば、胎児の頭蓋骨が正常に形成されないため、脳が露出している「無頭蓋症」という疾患があります。これを超音波検査で発見・診断することは容易です。このようなものが発見された場合、これを『確定』ということは間違いなのでしょうか。

 あるいは、NIPTの対象疾患とされている13トリソミーの児の多くは、全前脳胞症という脳の形成異常を伴っています。この異常にはいろいろな程度の違いがありますが、もっとも典型的なケースでは脳が左右に分かれておらず、左右の眼球が正中に寄り、大きな口唇口蓋裂も伴います。こういったケースでは、妊娠初期の段階から超音波検査での診断が可能です。全前脳胞症のある胎児の全てが13トリソミーというわけではありませんので、この所見のみで13トリソミーと確定できるわけではありませんから、そういう意味では確定的検査という言い方はできないのかもしれませんが、全前脳胞症であることは確定できるので、その診断に関しては確定的検査と言って差し支えないはずです。また、NIPTで13トリソミー陽性の時に、超音波で全前脳胞症がみられたなら、13トリソミーと判断しても良いのではないでしょうか。

 報告書5ページ目には以下の記載があります。

〇 出生前検査については、非確定的検査だけでは確定診断には至らないため、非確定的検査の結果が確定診断であるかのような誤解を惹起しうることから、本専門委員会では、非確定的検査を出生前診断と呼称するのは適当ではないとの見解のもと、出生前検査と出生前診断を区別している。

 ここまで書いてきたように、ここで「非確定的検査」とされている検査でも、確定診断といえるものもあるのです。それが医師の診断というものです。上記の文章は、これまでの認定施設が行ってきた、NIPTによって21トリソミー、18トリソミー、13トリソミーを検出し、羊水穿刺で確定診断を得るという手順にはあてはまりますが、この一つの手順に当てはめた考え方と、出生前検査・診断を全体的に考えた場合のそれとが、きちんと整理されておらず、誤った認識に陥っている文章と言えます。

 1999年以来、22年ぶりに国の審議会で議論が行われたという歴史的な委員会の報告書において、この認識が正しく整理されていないことには、重大な危機感を覚えます。出生前検査・診断の分野が、国際舞台から取り残された形になってしまったこの国で、ごく一部の専門家の認識に不正確さが生じていることが、学会や委員会全体に影響してしまった結果ではないかと感じます。

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 と、ここまで報告書の冒頭のいわば“さわり”の部分についての論評だけで、ひっかかる部分があったためすでに3000字を超えてしまいましたので、「その1」として、ここで一度切りたいと思います。

 このあと、報告書は、「倫理的・社会的課題」(その中で人工妊娠中絶にも触れられている)、「妊婦が受検する理由」、「基本的考え方」とつづき、「情報提供」「サポート体制」「適切な実施体制を担保するための枠組み」「新たな認証制度」「その他の論点(今後の課題等)」と具体化していきます。この全てに見解を加えて意見表明することは大変な作業になりますので、このブログで全てを網羅できるとはとても思えません。今後しっかり目を通した上で、とくにポイントとなる問題点をピックアップして、いずれ「その2」としてまとめられればと思います。