NIPTの『質』ってなに?それを担保するにはなにが必要と考えられているの?

先日行われた『NIPT等の出生前検査に関する専門委員会』、これまで4回にわたって会議が開催されてきました。そんな中で、論点整理が進められ、これに基づいた一定の結論が、あと2回の会議ののちに出される予定と聞いています。しかし、この論点整理によって提示された論点自体の的確性に問題があったとしたら、議論の意義は薄れてしまうか、もしくは誤った方向性に基づく決着に辿り着いてしまうのではないかと危惧します。今回少し視聴することができた部分で、引っ掛かりを感じた点について、論じてみたいと思います。

 前回エントリーでも取り上げた資料2 取りまとめに向けた論点整理。この中で今回最も議論の的になっていたのは、『1 我が国における出生前検査の原則的考え方』として列挙された中の、母体保護法に基づく人工妊娠中絶に関する記載でした。この点については、これまでにも何度か論じてきましたので、また別の機会に回したいと思います。

 私が最も気になったのは、『5 NIPTの質の担保の在り方』です。これも前エントリーで書きましたが、もう少し考えてみたい部分があるのです。それは何かというと、ここで『質』と言われているものは、何をもって質が良い・悪いと考えられるのかという点です。

 ふつう、検査の『質』という場合、その検査自体の精度が高いものなのかどうか、検査結果に間違いがないのかという点が、最初に来ると思います。次に、その検査を扱う人員や施設の体制がきちんとしているのか、つまり検査が滞りなくきちんと行われて、期待される日程通りに結果が示されるか、検体の取り違えなど信頼性を損なうような問題が生じる心配がないかといったあたりがくると思います。しかし、NIPTに関しては、そういった問題よりも、圧倒的に『遺伝カウンセリング』を行う場面が提供されているか、が問題とされているように感じます。

 もちろん、遺伝カウンセリングは、遺伝学的検査を扱う際にはとても重要なプロセスです。だから、現在学会の認定を受けずに検査を行なっている『野良NIPT』の多くが、遺伝カウンセリングの体制なしに検査を推進していることは、大きな問題点の一つです。では、認定外の施設が、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーを雇用して、遺伝カウンセリングを行えば、問題は解消されるのでしょうか。

 日本産科婦人科学会を代表する立場で会議に出席している、三上幹男東海大学産婦人科教授が提出された参考資料3では、なかなか興味深いデータが示されています。この資料は、151ページにも及んでいるので、全てに目を通すことは大変な労力で、しかし興味深い内容です。いろいろ意見したいところはあるのですが、この中で、実際の会議の場での三上教授の発言(会議冒頭のあたりで、時間がないので約2分で説明してほしいと言われていました。151ページの資料を2分で!?)で説明されていた部分が気になったので、取り上げます。

 認定施設と無認定施設の比較

 この資料の15ページに、昨年開催されていた『NIPTの調査等に関するワーキンググループ』の報告書から抜粋された、『認定施設と無認定施設の比較』が示されました。そのページの右上に表があり、3項目について、比較の結果が示されています。これらを見ると、以下のような違いが生じています。

・カウンセリング後の検査受検をやめた率:認定28.9%、無認定0.5%

・検査陽性率:認定1.7%、無認定0.5%

・判定保留率:認定0.6%、無認定2.3%

このうち、検査陽性率については、検査を受けた妊婦さんの年齢層の違い(認定施設ではそのほとんどが35歳以上の妊婦)が、関係しているのではないかと推察されます。そして、判定保留率の違いは、なぜ生じているのかが不明です。この比較表の下に、無認定施設では海外へ検査を送っている施設が多く、検査検体の輸送時の検体管理や海外の検査施設の精度管理などに問題がある可能性があると書かれています。また、国内で検査を実施する衛生検査所でも制度についてのデータが公表されていない。と記載されています。

 もちろん、正式な公表がなされていなければ、この疑念は当然でしょう。ただ、この検査自体は、現在ほとんどの検査会社がイルミナ社の技術を移管したシステムを使用しており、それぞれのクリニックが、海外のどの検査会社に検査を委託しているのかの情報が得られれば、その検査会社が、どういう認証を得た検査会社で、どの程度の数の検査を請け負ってどのぐらいの実績を出しているのかは、ある程度わかります。それに、判定保留となっているケースが、検体管理の問題に関連しているのか否かについては調査がないとわかりませんが、検査会社に確認することは可能ではないでしょうか(残念ながら野良NIPT施設には、そういう調査や管理をする姿勢はありませんが)。

 それよりも気になる点は、第一番目に記載されている『カウンセリング後に検査受検をやめた率』です。三上教授は、まるでこれが、認定施設ではきちんと遺伝カウンセリングが行われていることの証左であるかのうように話されていましたが、果たして本当にそうなのでしょうか。

 遺伝カウンセリングは、検査の歯止めではない。

 以前にも記事にしたことがあるのですが、遺伝カウンセリングを行なったのちに、検査を受けることをやめるという選択をする人がある一定数出ることが、遺伝カウンセリングを行なった結果として普通のことという考えは、明らかに誤っていると思います。

検査を行わないという選択。患者の希望は、医師の説明に左右され過ぎていないだろうか。 – FMC東京 院長室

遺伝カウンセリングが大事という意見に感じる違和感 – FMC東京 院長室

遺伝カウンセリングは中絶の歯止めではない。 – FMC東京 院長室

遺伝カウンセリングは、あくまでも自律的な決定過程のサポートにすぎません。だからもし、遺伝カウンセリング後に検査をやめる率がある程度あるなら、それは対象となった集団の中に結果的に検査をあまり必要と感じなかった人たちが多かったということを示しているだけであって、遺伝カウンセリングの成果ではありません。

 それに、そもそも認定施設で検査を受けようという人たちは、やや面倒な手続きを経てでも検査を受けたいと考えて申し込みをされた方が対象となっているはずですから、率直な印象として、約3割もの人が検査をやめたという結果の方が、不自然に感じます。やめた人たちは、なにを理由にやめることになったのでしょうか。やめた結果、どのような選択をされたのでしょうか。料金が高い上に検査対象も3種のトリソミーに限定されているのなら、料金がより安くてより多くの検査項目が用意されている無認定施設で受けようと考えて、移動した方はおられないだろうかというような穿った見方すらしてしまいそうです(ありえますよね)。

 だから、検査をやめた人がある一定数存在することが、遺伝カウンセリングをきちんと行なっている証左であって、そうでないとほとんどの人が流れ作業のように検査に進んでしまうという考え方には、逆に何か恣意的な力が働いた結果を恣意的に解釈していないだろうかという疑念が生じます。どうも遺伝カウンセリングについて、検査が普及することに対する一定の歯止めになる手順だと考えてしまっている人が、専門家の中にもある一定数おられるようで、その考えを持ち込まれてしまうと、本当にこの専門家委員会での議論が的確性を欠いたものになりはしないかと気になるのです。

遺伝カウンセリングは、検査への免罪符でもない。

 これまで、『遺伝カウンセリング』という言葉は、あまり知られていませんでした。NIPTがわが国で導入されるようになって、いろいろな議論がわき起こり、マスコミが取り上げるようになって、近年急速にこの言葉が使われる機会が増えていると感じます。しかし、『遺伝カウンセリング』という過程・場面について、それはどういうものなのか、どうあるべきものなのかという情報はあまり浸透しておらず、この言葉を聞いた各人が持った勝手なイメージで解釈されているように感じています。多くの場合、心理カウンセリングと混同されているか、もっと広義の相談援助行為と同様に考えられているかではないでしょうか。

 そしてこれは、実際に行っている側でも、必ずしも同質のものになっているわけではないようです。学問分野としてもまだまだ成熟した形にはなっておらず、指導者の指導方針や、残念ながら指導者自身の知識やスキルも同一レベルとは言えない現状にあるのです。そんな中で、遺伝カウンセリングさえ行っていれば質の高い検査体制と言えるかというと、そうとも言えない部分も多々あるように思います。

 だから、なんだか遺伝カウンセリングが検査を行う上での免罪符のように捉えられてしまうことにも違和感を感じるのです。そうではなくて、本来は遺伝カウンセリングを必要とする人にその必要に応じてしっかりと提供される場でなければならないと思うのです。

 検査の質の担保、検査体制の構築について考えていく際に、どの機関がどう指針を策定してどのように限定するかという視点ではなく、これまでにも行われてきている妊婦診療の延長線上で、そのほかの検査も含めて、全国津々浦々のどの産科施設に通院している人でも同じようにアクセス可能であり、必要に応じて対応してもらえる専門家につなげる体制づくりと、専門家教育をいかに充実させるかを主眼におくべきではないかと思います。つくるべきは、一般診療と専門家とをつなぐ連携体制の充実であり、分娩まで一つの施設でとか、周産期センターが全てを請け負うとかといった、重点化が正解ではないと思います。