専門的知識を必要とする検査を、専門家ではない医師が扱うべきではない。

現在議論になっている、NIPT(母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査)の扱い。常に話題の中心となっているのは、遺伝カウンセリング体制の充実の必要性であるように見受けられます。もちろんこれは大事なことなのですが、それ以前に、検査結果がどのような意味をもちそれをどう解釈すべきか、その検査結果をもとに次に行うべきことは何か、といったことについて、よく理解していないまま検査を行うことの問題点が大きいということには、あまり言及されていることがないように感じます。これは、この検査自体が新しくかつ専門性の強い領域のものなので、この点についてわかる人が少ないにも関わらず、一般の人から見ると医師ならば、あるいは経験のある産婦人科医ならある程度知識があるものという思い込みが存在しているからではないかと思われます。

 今回は、本当に問題となるのは、不十分な知識のまま検査を扱うことであるということがわかる事例を紹介したいと思います。

検査で陽性が出たらどう対応しているの?

 以前から、当ブログでも何回か解説してきたのですが、学会の認定を受けていない施設の多くが、全染色体の数的異常を検出する検査を扱っています。この検査は、あまり情報を得ていない人から見ると、一部のトリソミーだけを調べるよりも全てを網羅した方がより安心ととられてしまうので、誤解を生じやすいし、料金の高い検査に誘導しやすいという性格を持っています。しかし、実際にはこの検査で引っかかってくるようなケースはすごく少ない上に、陽性的中率も低いと思われるし、本当に安易に扱われるべき検査ではないのです。そもそも認定施設で検査している21番,18番,13番の染色体以外の常染色体のトリソミーは、生まれてこない(ほとんどのものが妊娠初期に流産する)はずなのですから、この検査で以上が出た場合の解釈はすごく難しいものになるのです。

 この検査で『陽性』と出た結果、困ったことになっている人からの相談が、当院には何件もきています。

 NIPTで『陽性』結果が出たら、これが本当に胎児に存在しているのか否かについては、羊水検査で確認する必要があります。しかし、ほとんどの学会認定を受けていない検査施設では、羊水検査そのものを行った経験のない医師しかいませんし、この検査を安全に行う技術もありませんので、行っていません。では、どうするのか?あるところでは、自分で検査する場所を探すようにと放置されてしまいますし、また別のところでは、いくつかの医療機関を提示してくれたりするようですが、きちんと紹介するわけではなく、ここならばやってくれるというような情報提供のみだったりするようです。きちんとした結果説明もないようなところも多いので、このNIPTの結果だけで妊娠中絶を選択している人もそれなりにおられる可能性があるのではないでしょうか。

 これらの施設の中には、羊水検査にかかった費用を補助してくれるところもあるようですが、そのやり方にはさまざまあって、検査を受けた人たちが互助会に参加する形で検査費用を積み立てて、陽性になった人がその積立金を使うことができる仕組みにしているところもあれば、医療機関が一律に費用補助してくれるところもあるようですが、支払われる金額には制限のあるところもあるようです。例えばある施設では、G分染法の検査しか補助してもらえないということもあるようでした。

生まれてこないはずのトリソミーが陽性って、どう考えたら良いのだろう?

 当院では、検査結果によって、次に必要な検査を検討しています。そもそもなぜそのような結果が出ているのか、どういう場合にそういう検査結果が出ることがあるのか、考えを巡らせます。

 単なる検査方法に関連したエラーの可能性もあります。むしろそれならば、胎児には問題がないので構わないのです。そういう結論にできれば問題はないのです。が、そうは簡単には割り切れません。他にもいろいろな可能性がありえるからです。

 NIPTは言ってみれば胎盤の検査です。流産するはずの染色体トリソミーがありながら、胎児が問題なく育っている場合、胎盤にはトリソミーが存在するけれど、胎児には存在しないということがありえます。このような場合をモザイクと言います。

 胎児も胎盤も、元はと言えば同じ一つの受精卵から細胞分裂を繰り返した結果、できたものですから、本来全ての細胞が同じ染色体を持っているはずなのです。しかし、この細胞分裂を繰り返す過程で、一部の細胞に違いが生じた結果、同じ一つの個体(この場合は胎児と胎盤を合わせて考える)の中で、細胞によって染色体に違いがあるという現象が起こります。これがモザイクです。

 例えば胎盤になる細胞にのみトリソミーが存在し、胎児側には存在しない場合、NIPTではトリソミーが検出されるけれど胎児は正常です。この状況を『胎盤モザイク』と言います。

 しかし、モザイクにはそのように綺麗にわかれているわけではない場合があります。胎児の中にもトリソミーではない細胞とトリソミーの細胞とが混在している場合があります。このような場合には、その割合によって症状に違いが生じます。そしてその症状を見つけたり、予測したりすることはきわめて困難です。

モザイクの難しさと、それに付随する別の問題

 モザイクの検出のためには、できれば検査の時に細胞培養という過程を経ないで、羊水穿刺で取れた生の細胞を数多く観察する方が確実ですので、できるだけ多くの細胞を採取して、たくさんの数の細胞について染色体の過不足を確認できる検査方法を選択する必要があります。これは、通常行われている染色体検査ではやや不十分な時があるのです。しかし、残念なことに、産婦人科医でも遺伝学的検査や診療について詳しくない医師だと、そういった検査選択は考慮しないままに検査が進んでしまうことがあります。だから本来は、専門的な知識と経験とを積んだ医師のいる施設で検査を行うべきなのです。

 学会の認定を受けずにNIPTを扱っている施設の中には、産婦人科医がいて、自施設で羊水検査を行なっている施設も、少ないながらあるようです。先日当院に相談に来られた方も、そういう施設で羊水検査まで受け、正常核型と判定されていました。しかし、よくよく確認してみると、その方が陽性と判定された染色体について調べるためには、詳しい検査が必要と考えられるにもかかわらず、ごく普通の染色体検査しか行われておらず、判定に用いられた細胞数も少ないし、培養を経た検査となっていて、得られた検査結果だけでは、本当に胎児に問題はないのか確定できないものでしかありませんでした。このことがわかり、この方は、もう一度当院で羊水検査を受けなくてはならなくなってしまいました。

 調査によると、学会の認定を受けずに検査を扱っている施設数はどんどんと増加傾向にあり、実施検査数はすでに認定施設におけるそれを上回っているようですし、最近ではそのような調査にも引っかかってこないところで、産婦人科医が勝手に検査を始めているようなところもあると聞きます。そういった施設で受けた判断の難しい検査で『陽性』判定が出たときに、必要な検査につなげることが可能になっているのでしょうか。実は羊水検査そのものは、そう難しい検査ではありません。単純な言い方をすると、ただ針を刺して羊水を抜くだけですので、安全確実に行われているかどうかは別として、検査を行うこと自体は、ある程度経験のある医師なら可能なのです。そうは言っても検査に伴うリスクはゼロではないし、知識や経験の豊富ではない医師が行うことはリスクが高まることにつながるのは明らかです。そのようなリスクを背負って検査を受けたのにもかかわらず、その検査が不適切で不十分なものであったなら、それは大問題です。

 モザイクが生じるケースには、元々の受精卵が正常で、細胞分裂に伴ってある細胞で何らかのエラーが生じてトリソミーができてしまう場合と、元々の受精卵にトリソミーがあって、細胞分裂の過程である細胞において余計な染色体が欠落して、全ての染色体が二倍体(染色体が2本ずつ揃った状態)の細胞になる場合の両方があります。妊婦さんの年齢が高くなると、受精卵の段階でトリソミーが生じている可能性が高まりますので、後者のようなケースを想定する必要性が高まります。この現象をトリソミーレスキューと言って、うまくいけば細胞が正常化するわけですから、良いことなのです。

 しかし、このトリソミーレスキューがまた難しい問題につながる場合があります。染色体がトリソミーとなっている場合、3本ある染色体のうち2本は、胎児の両親のうちのどちらかから来ていることになります(妊婦さんの年齢が高い場合には母親から来ている可能性が高くなります)。ここからレスキューが起こって2本となった時に、その2本が両親それぞれから1本ずつ引き継いだ状態になれば良いのですが、片親から引き継いだ2本が残ってしまうことがあり、これを『片親性ダイソミー』と言います。この片親性ダイソミーがまた厄介なのです。

 何が厄介かというと、染色体の番号によって、片親性ダイソミーでも問題がないケースと、問題が生じるケースとがあるからなんです。

 片親性ダイソミーの場合、通常行われている染色体検査では、染色体が2本ある状態ですので、正常な状態と判定されます。専門的にいうと『正常核型(せいじょうかくがた)』という結果になります。しかし、染色体の番号によっては、生まれた赤ちゃんがさまざまな症状を持つ場合があります。どの番号の染色体のどちらの親からの片親性ダイソミーかによって、どのような症状が起こりうるか、またそれがなぜ起こるのかがわかっていますので、染色体番号次第で検査方法を考慮する必要が生じるのです。

 ちょっと専門的な話になりますが、片親性ダイソミーの時に赤ちゃんに問題が起こる原因は、インプリンティング遺伝子の発現の異常によります。この場合は、症状が必ず出ます。これとは別に、何らかの病気の原因になる劣性遺伝子が2本の染色体で揃ってしまうことが問題になることもあります。つまり劣性遺伝病の遺伝子を親が持っている場合に、子どもにおいてそれが生じる原因になるのです。こういった問題についても、考えなくてはなりません。

やればやるほど複雑化する遺伝学的検査

 このように遺伝学的検査は、新たな技術が開発されていろいろなことがわかるようになればなるほど、新たな課題が生じて解釈が複雑になるのです。そして、遺伝医療の世界はここ数年でどんどんと進歩し、次から次へと新しい技術が開発されているので、常に知識を更新していく必要があります。しかし、遺伝学的検査で詳細を調べる必要のあるケースは、希少なケースも多く、一般的な診療の中で日常的に経験するものではありません。私たち医師には、常に新しい情報を収集しつづける姿勢が必要とされます。これはそう簡単なことではないし、そもそもその素養がない医師が思いつきで検査を始められるものではないのです。

 こうやって文章を書いていても、この仕事を続けていくには努力と覚悟が必要だなあと改めて実感します。このような難しい検査を、単に新たなビジネスチャンスと捉えて安易に扱うような人たちに、その覚悟があるでしょうか。大いに疑問視しています。