手術が必要な胎児が見つかったら

出生前検査/診断という言葉に対する一般的なイメージは、どういうものなのだろうと時々考えます。『出生前診断』というと、染色体異常を見つける検査としか思っていない人も多いという話を聞きますし、すぐに『命の選別』という言葉に結びつけてしまう人もいます。私たちの仕事は、診断して選別するというような単純な見方をされがちのように感じることがあります。しかし、本来私たちが続けてきたことは、そうではなくて、その診断に応じていかにより良い選択ができるかということの追求です。見つかった胎児の問題が、何らかの形で治療可能なものであるなら、どのタイミングでどのような形で治療することがベストなのか、治療が困難な場合にはどのような選択が可能なのか、出産に至るまでにはどこでどのように管理すべきなのか、人工妊娠中絶を選択する場合には、いつどうすれば良いのか。胎児の状態を正確に把握するだけでも難しいことなのに、妊婦さんにとってはその先にまた難しい判断があって、難しい判断のためにはその判断に役に立つだけの可能な限り正確な情報が必要だし、判断の手助けや選択に伴う受け皿の確保も必要になります。いかに大きい規模のセンター病院であっても、こういったことにきめ細かく対応することは容易ではありません。むしろ、大きい施設でたくさんの患者さんを扱っている分、一人ひとりに丁寧に対処することは難しいこともあります。私たちは、専門分野に特化する事で、出生前の胎児の問題について、そのことに関わる周辺の問題も含めて、包括的に対応できる施設を作ることを理想としてやってきました。

 当院で診断する胎児の問題の中には、胎児治療や特別な新生児管理、また外科的な治療(手術)を必要とする病気が見つかることがあります。そうした場合に、どこで出産して、誰に手術をお願いするのが良いのか、出産まではどのように管理すれば良いのか、いろいろな問題を解決しなければなりません。これらの問題を解決するために役立つのは、なんといっても情報網と人脈です。当院では、院長はじめスタッフの長年の職務経験や学術集会参加などの活動で培った繋がりを最大限生かして、ベストな選択を導くことを常に考えています。先日、当院で診断し出生後の治療に至る過程でお世話になった、順天堂大学医学部附属順天堂医院を訪問し、生まれた赤ちゃんを見てきました。

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 順天堂医院小児外科の山髙篤行教授は、小児外科分野では知らない人のいないカリスマドクターです。NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』でも取り上げられ、順天堂には日本中から手術管理を必要とする子どもさんが集まってきます。毎日多忙を極めておられる山髙教授ですが、実は当院にも何度か来ていただいています。胎児に病気が見つかった時、妊婦さんやその家族は大きな不安を抱えます。本当に治療できるのか、治療できたとして、将来どうなるのか。こういった心配に対する答は、私たちにもある程度は可能です。しかしやはり本当に治療・管理を行う医師からの具体的な話が必要です。順天堂の小児外科は、そういった問題にフットワーク軽く対応してくださいます。当院で胎児の超音波検査を行う際に、同席し、私の見解を受けてその場でお話しいただくことも何度か行いました。教室のスタッフの誰かが来られることもありますが、可能な限り山髙教授自らが、足を運んでくださいます。

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 私は以前、順天堂医院に勤務していました。15年前に順天堂練馬病院の立ち上げのために異動するまでは、産科と小児科の新生児部門、小児外科とを繋ぐ役割を担い、月一回の開催で100回以上続けた『周産期カンファレンス』の幹事役を務めていました。そんな私にとっても、母校の新生児病棟(NICU/GCU)を訪問することは約15年ぶりのことでした。フロアも移動して全く新しくなった病棟は、ベッド数は多くはないものの、その設備は私が米国で見たいくつかの施設と比べても遜色のない充実ぶりで、驚きとともにある種の感慨のような気持ちも抱くものでした。

 今回お世話になった赤ちゃんは、おかかりの施設で胎児の問題を指摘され、当院に相談に来られた方の赤ちゃんです。当院で超音波検査と絨毛検査(染色体検査)を行ったのち、かかりつけ医から紹介を受けたお住まいの地域の周産期センターに転院されるとのことでした。

 それは水曜日の夜でした。絨毛検査をお受けになった方に、なにか問題があった場合にご連絡いただけるようにお伝えしている電話番号に、検査から1ヶ月位以上経ってからの電話がありました。すでに染色体検査の結果(正常)も説明したあとでしたので、なぜこのタイミングで電話連絡があるのかと思ったら、通院先の病院で胎児の予後予測に関して悲観的な説明を受けて、中絶を決断したとおっしゃるのです。これを聞いて私は驚きました。もともと、転院先の周産期センターは、自宅から遠く、妊娠中のちょっとしたトラブルに対応していただける医療機関が近くにない(もとのかかりつけからはもううちでは診るのは無理と言われていた)こともあって、たまたま比較的近くにあった私の知己の産科施設にお願いする話を進めていたところでもありましたし、周産期センターでは中絶の場合には、処置を行う医療機関は自分で見つけるように言われてしまったこともあって、私から紹介する予定だった産科施設に中絶手術をお願いできないかといわれるので、一度お話をお預かりすることにしました。

 もちろん、胎児の問題はそう軽いものでもないため、私自身も楽観的なことは言えないと思っていましたし、中絶の選択も十分にありえると考えていましたが、絨毛検査をお受けになる時には、妊娠継続に前向きな印象を持っていましたし、お聞きになった説明があまりにも悲観的に傾きすぎている印象もありました。しかし、私が胎児を観察したのはもう1ヶ月以上前だし、そのときの印象だけで他院の医師の判断を覆してまで安易に頑張れとも言えません。そこで、2つのことを確認しました。その一つは、紹介予定だった施設で中絶を請け負ってもらえるかどうか、もう一つは、山髙教授に連絡して、本人の希望があれば当院での再検査を小児外科の先生同席の上で行うことができるかどうか。幸いいずれもそれぞれ快諾をいただけたので、ご本人に連絡しました。ご家族でよくよく相談した上で中絶を決断されたことでしょうから、そのまま中絶でも受け入れていただける施設も確保できましたし、でもやはり再評価を希望されるなら、いらしていただくというお話をしたところ、受診を希望されましたので、山髙教授に来ていただいて超音波検査を行う日程調整をしたのです。

 超音波検査当日、私の診断は14週の時と変わらず、新たな悪いサインはありませんでしたが、しかし疾患そのものは楽観できるものでもありませんでした。山髙教授も、楽観的な見解ではなく、悪いケースから良いケースまで想定される可能性について丁寧にお話してくださいました。この後、ご夫婦で相談され、妊娠継続を決意されたのです。早速私は、中絶でも請け負っていただけると話をつけていた施設に、妊婦健診を続けてもらえるようにお願いし、同時に順天堂医院の産科の責任者に連絡して、節目節目で順天堂の産科でチェックを受け、出産近い時期になったら順天堂に入院するスケジュールを組んでもらえるように依頼しました。その後は予定通り進み、出産に至ったという経緯でした。

 山髙教授と私とは、学生時代ともにラグビー部で汗を流したチームメイトです。学年は山髙教授が私の一年上で、文字通り公私共にいろいろとお世話になりました。その頃から長い年月が過ぎた今も、強い繋がりを感じています。胎児の診断を専門にしている私にとって、この繋がりほど心強いものはありません。

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 というわけで、母校である順天堂との繋がりは、これからもとても大事にしていきたいと考えている私ですが、一方で、他の繋がりもとても大事にしています。例えば、当院で胎児心エコー外来を担当していただいている(新型コロナの流行以来は、遠隔配信システムを活用した形のリモート外来の形を取り入れています)川瀧元良先生との繋がりで、神奈川県立こども医療センターともいろいろなケースを共有しました。当方から周産期管理を依頼したケースもありますし、先方から検査を依頼されたケースもあります。東京23区では東大、帝京大、日大、昭和大、日医大などの大学病院や国立成育医療研究センター病院とも、常に関係をキープしています。時には、絨毛検査が必要なケースなど、大学から当院に依頼が来ることもあります。多摩地区では、東京都立多摩医療センターや榊原記念病院とも連絡を取り合っていますし、他県から来られるケースでも、可能な限り生活状況に合わせたベストの選択を探ります。時には、しばらく自宅近隣の医療機関(これについても紹介できる場合はそうします)で妊婦健診を受けていただき、節目節目で分娩予定の高度医療機関を受診して継続的評価を行うこともしています。

 多くの開業医は、自分の出身医局や出身大学医局とのつながりを第一にしていますが、私たちのクリニックは、一般的な一次医療の施設とは違う、特殊な専門施設です。個々のケースについて、胎児と妊婦さん自身、またご家族にとってベストと考えられる選択を一緒に考えて、出身大学とか医局とかといった狭い人間関係にとらわれず、柔軟に対応していける体制を整えています。主役は胎児と妊婦、そしてそのご家族だと考えています。