胎児を見たこともない人たちが出生前診断?

新型コロナの蔓延がおさまらず、厚生労働省もどう対処するのか未知数の中、少し前に学会未認定施設の問題がマスコミにも取り上げられていたようですので、思うところを書き記しておきたいと思います。

 去る8月2日に共同通信が配信(翌3日に更新)した記事です。

this.kiji.is記事中の図および文章の一部を転載します。

f:id:drsushi:20200815170930p:plain

 妊婦の血液から胎児の染色体異常を調べる「新出生前診断」を学会の認定を受けずに実施する施設が7月上旬時点で少なくとも135施設あることが2日までに、認定施設でつくる「NIPTコンソーシアム」の調査で分かった。厚生労働省の調査では昨年11月時点で54施設だったが、短期間で2倍以上になり、全国に109ある認定施設数を上回った。

 もう無茶苦茶です。なんとかならんのか。

 まあ日本産科婦人科学会もこの状況はわかっていて、なんとか対抗しなければならないという危機感もあり(また私だけでなく会員の多くも忸怩たる思いを抱えているはずなので)、産婦人科医が主導して多くのニーズに応えられるように、他学会の協力を取り付けて、新指針を実施できるように持っていこうとしているわけですが、今までの経緯がよくなかったので、厚労省にストップをかけられて身動きが取れない。厚労省も早くなんとかしてくれないと、このひどい状況が放置されたままで、最も被害を被るのは妊婦さんたちなんです

 人類遺伝学会も小児科学会も、メンツや主導権にこだわっている場合ではなかったので、木村新会長が頑張って根回しをすることで意見をまとめることが可能になったのですが、その前の執行部の暴挙がなければこんな余計な時間がかかることにならなかっただろうし、認定外施設の跋扈を許すこともなく対処できた可能性があるのではないかと思うと、残念でなりません。

 正直申しますと、新指針もその根本にある考え方も、気に入らないところはたくさんある(何より分娩施設ではないというだけの理由で、専門施設である当院が認定される可能性がない)し、これまで指針の決定や運用に関わってきた人たちには今回のような事態を招いた責任を痛感してもらわないといけないはずで、偉そうな顔をして認定を受けずに実施している施設を批判する資格などないと思う(従って、委員会のメンバーも完全に刷新してもらわないといけないと思うが、実際にはそうなっていない)のですが、それよりも何よりも、やはり産婦人科でもないような医師たちがどんどん増えているという節操のなさには呆れるとしか言いようがありません。

 考えてもみてください。

美容外科とかのお医者さんたち、普段胎児のこと考えて診療してると思いますか?

胎児に問題があるかどうか心配している妊婦さんたちに、向き合っていると思いますか?

 胎児にどういう問題が見つかることがあるのか、どういうものが見つかったら、どう対処していけばいいのか、妊婦さんにはどうお話しして、どう管理していくべきなのか、といった診療について、普段から経験を積んでいると思いますか

 テレビなどでは、医者なら人の体のこと、なんでもわかっているかのような感じで扱われていて、医者というだけですべての分野についてコメントを求められたり、それに対してもっともらしい話をしていたりということが、よくあるように思います。でも、昔と違って今や新しい知見は次から次へと出てくるし、それぞれの専門分野の情報をフォローするだけでも大変なのに、医学に関係した話題だからといってすべて対応できるはずがありません。

 ましてや、胎児の問題や、生まれついての病気について、胎児の時期にどこまでわかるのか、どう対処できるのかなどといった話題は、かなり特殊な分野なんです。産婦人科を標榜しているお医者さんだって、実は十分には理解できていなかったり、対処できなかったりすることがたくさんあるんです

 そういった難しい問題をはらむ大事な検査をですよ、美容外科だとか普段妊婦を見たこともないような人たちが扱っていること自体、普通のことではありません。こういうクリニックのお医者さんたちは、胎児の超音波画像なんて、学生の時にしか見たことがないだろうし、新生児の診療なんて、全く未知の世界というほどの状態だと思われます。

 青臭いと言われるかもしれませんが、私は、医者という職業を選ぶ人は、それなりの倫理観というものを持っているものだ、人の命を預かる仕事という点で、日常的に生命倫理や職業倫理と向き合っていくべきだという気持ちは持ち続けているものだと思っていました。世間一般の多くの人たちも、そう思っているのではないでしょうか。振り返れば自分自身も、必ずしも常に高い倫理観を保てていたわけではなかった部分もあるし、反省点はいくらでもあるのですが、それでも節操というものは保ってきたと思います。

 しかし、そういういわゆる普通の感覚で持つべき節操を超越してしまっている医者がいるのです。金が稼げるネタがあれば、深い思慮なしに簡単に飛びつく医者が、何人もいるのです。出生前診断に関わる種類の検査を扱うことが、どのような問題を内包しているのか、どういった点が難しいのか、検査の普及が社会に与えるインパクトはどのようなものなのかなど、皆が一所懸命考えていろいろと議論している隙をついて、とりあえずこれは金になるというぐらいの軽い気持ちで手を出しているのです。

 ただ血をとって、検査結果をオンラインで伝えるだけで終わってしまうようなものが、出生前診断と言えるのでしょうか。

 産科診療の特殊性は、妊婦と胎児、二つの命を同時に扱わなければならないところです。妊娠・出産は人間も動物も長年にわたって当たり前に続けてきた、自然なことと捉えられているような現象です。しかし、妊娠は人間の体に大きな変化をもたらし、その変化は短い時間の中で急速に起こることですし、一つの新しい命が生まれてくる過程には、劇的なドラマがあります。当たり前のこと、普通のことと思われている営みの中に、自然界のいたずらが紛れていたり、わずかな判断のズレや油断が一生に関わる重大な問題に繋がったり、普通に暮らしている中では想像もつかないような世界がそこにはあります。私たちは、日々そういった難しさを感じつつ、診療を行っています。私自身は現在携わっていませんが、長年周産期医療の第一線で働いてきて、その大変さは身にしみて知っています。周産期の現場で日夜奮闘している、産科医・新生児科医、そして子どもが大人になる過程を見守り続けている小児科医たちが、信頼の置ける医療を行っているから、新しい世代が続いていくのです。私たちもその一部を担っている自覚を持って、私たちの担当していない部分を担当していただけるお医者さんたちと、信頼関係を保ちつつ連携しています。一人一人の検査結果に責任を持って臨んでいます。

 NIPTを受けるような時期の妊婦さんは、まだお腹も目立たないような妊娠初期の段階です。妊婦の診療をやったこともない人たち、胎児を見たこともないような人たちは、この時期の妊婦さんを見ても、その下腹部にある子宮の中で動いている胎児の姿など想像もできないでしょう。そんな人たちが、血液を採取してただ検査会社に回す作業のみを毎日機械的に行っているのです。その状態が何年も続いていて、それを規制する方法もないため、どんどんと増えているのです。

 これは本当に大きな問題です。世間は毎日、新型コロナの話題で持ちきりなので、その裏でこっそりと、しかし確実に認定外の施設は広がっています。今、こんなにおかしなことになっているということを、もっと多くの人に知ってもらいたいと思っています。

 NIPTと胎児の超音波検査とは、互いに補完しあう検査として、両方がきちんとできる人が扱うべきと考えます。そしてどのような状況であるならどのような検査選択をすると良いのか、遺伝カウンセリングの場で自己決定につなげるプロセスが大事です。これらの点では、実は学会に認定されている施設でもまだ不十分なところはたくさんあります。私たちが積んできた経験を学会などの場を通して伝え、勉強会などで伝授していくことが大切だと考えています。以下に関連記事を貼り付けておきます。

https://www.fmctokyo.jp/archives/2302