不確かな情報に踊らされてはいけない。それを拡散するのはもっと良くない。-大阪府知事の会見の問題点。妊婦さんは気をつけて

驚きのニュースが入ってきました。なんと、吉村大阪府知事と松井大阪市長が府庁で記者会見を開き、ポビドンヨードを含むうがい薬が、新型コロナウイルスの減少に効果が期待できると発表したそうです。

「うがい薬で唾液中のコロナウイルス減少」吉村知事会見 [新型コロナウイルス]:朝日新聞デジタル

吉村知事「うそみたいな本当の話」 うがい薬の使用呼びかけ、主な一問一答 – 毎日新聞

 この会見を受けて、多くの人が薬局に走り、うがい薬があっという間に売り切れたり、メルカリで高価で転売されたり、いろいろと騒ぎになっているようですが、みんなもっと冷静になるべきだと思います。買いに行く人もそうですが、知事には会見で発表する前に考えてほしかったですね。影響力大なお立場なんですから。「嘘みたいな本当の話」という言い方も不適切だと思います。

どういう研究か

 そもそもこの時点でこんな大々的に発表することか?と疑問だらけの話なのですが、朝日新聞の記事どおりの内容とするなら、ここで示されている成果は、有用な情報とは思えないようなものです。以下に抜粋します。

 研究は府内で宿泊療養している軽症や無症状の患者41人を対象に実施。ポビドンヨードを含んだうがい薬で1日4回うがいした人の唾液のPCR検査の陽性率は、1日目は56.0%で、4日目は9.5%に減った。うがいをしなかった人は、それぞれ68.8%、40.0%だったという。

 もうちょっと詳しく知りたいですね。例えば唾液を使った検査ということなんですが、1日4回のうがいと、検体採取のタイミングはどのように設定されていたのか。うがいをした群としなかった群とでは、その他の療養生活中の行動(例えば食事や歯磨き習慣などの他、1日4回のうがいタイム以外の時間にうがい薬を使わないでうがいしたりしていないかなど)は揃えられているのかとかの検査条件のあたり。

 それから、なぜうがい薬を使用してうがいした群と、うがいしていない群とに分けたのかも疑問です。うがい薬の有効性を調べたいなら、薬を使わず水だけでうがいした群とかも比較対象とすべきではないでしょうか。

 効果を比較するための検査方法も、唾液を使ったPCR検査で妥当だったのでしょうか。宿泊療養している人の唾液を用いたPCR検査の陽性率が、1日目の時点で、56.0%とか68.8%という数字自体、逆に心配にならないでしょうか。この方たちは、全員が新型コロナウイルス感染と診断されて宿泊療養している人たちです。唾液を用いたPCR検査では、検出率がそもそも低いということになると思います。うがいの効果を測るために用いる検査として適切なのでしょうか。検査そのものの妥当性、有用性も問われるのではないでしょうか。

研究の質はどうか

 科学研究として冷静に見るなら、この調査研究は、対象者数が41人と少ない上に、スタディデザインも杜撰としか言いようがなく、これを論文にして発表しようにも、学術誌の編集委員や査読者から却下されるレベルではないかと思われます。

 大阪府立病院機構はびきの医療センターの医師が臨床研究に携わったということで、なんかもっともらしいデータを出してきたので、知事も飛びついてしまったのでしょうか。新型コロナ感染患者を受け入れて日夜診療にあたっている病院から出てきたデータということもあって、信憑性が高いと判断されたのでしょうが、商品名まで出して公にアピールすることの影響などについても、少しお考えになってから動かれた方が良かったと思います。

妊婦さんは闇雲に使用しないで

 切に願うことは、このニュースに踊らされて、ポビドンヨードを含むうがい薬を買い求め、定期的に頻繁に使う妊婦さんが増えてしまうようなことにならないでほしいということですね。なぜなら、妊婦さんがこのうがい薬を連用することには問題があるからです。

 ヨードを含むうがい薬は、使い方にもよりますが、過剰なヨードを摂取してしまうことにつながる可能性があります。そうすると、ウォルフ・チャイコフ効果という現象によって、甲状腺機能の低下を起こす可能性があることが知られています。以下のサイトに分かりやすい解説があります。

習慣的なイソジン咳嗽は止めましょう|かがやきクリニック川口(西川口)

 そして、妊婦さんの場合、摂取したヨードが胎盤を介して胎児に伝わり、胎児の甲状腺機能低下症を誘発することにつながることも知られています。以下のサイトに、これまでの実例も含めて解説されています。

ヨウ素(ヨード)過剰摂取の危険性について – 先天性甲状腺機能低下症(クレチン症)

 こういった情報を受けて、私たち産婦人科医は、妊婦が上気道の違和感を訴えてうがい薬の使用を検討する場合に、ポビドンヨード含有のうがい薬を安易に処方することは避けるように心がけてきました。その上で、代わりになる良い方法はないかということで、ヨードを含まない抗炎症作用のあるうがい薬を処方したりと言った工夫がなされてきましたが、イソジンうがい液はかなり普及していることから、情報に疎い医師から処方されたり、薬局薬店で購入したりという事例は存在しました。そんな中、上気道感染症予防目的のうがいについて、ポビドンヨード含有うがい薬使用群、水のみでのうがい群の2群を、特にうがいをしないコントロール群と比較したランダム化試験が日本で行われ、健康人が上気道感染症予防目的にうがいする際には、ヨード剤含有薬を使用するよりも水でうがいをした方が有効であったという結果が出たという論文*が発表され、私たちの認識は、うがいは水で十分なんだ!ということになったのです。

冷静な対処を

 ポビドンヨードは、細菌やウイルスに有効な消毒剤として、医療現場では良く使用されています。したがって、実際に感染症状がある方の上気道においてこれらの微生物を減少させる効果は期待できると思います。しかし、健康な人にとって感染予防目的で使用するにはあまり適切ではないとも考えられます。なぜなら、もともと存在する上気道の細菌叢に対して殺菌力が働くことによって環境の変化をもたらすことが、むしろ外来微生物の生着・増殖につながるような悪影響の危険性が想定されますし、使用頻度や濃度によっては、粘膜そのものを損傷する危惧もありえるからです。だから、ニュースを聞いて、飛びついて薬局に買いに走ったりすることは、やめるべきだと思います。

 この研究を主導した医師は、「効果は口腔内や喉の殺菌にとどまるとみられ、既に体内に入ったウイルスに効果はない。」と説明しておられるようですし、今朝になって、再度取材に応じ、「予防効果があるかどうかは、正直言ってわからない。うがい薬をしたらかからないというと、そういうものではないと考えてほしい。」と語られたようです。こう言った大事なところをしっかりニュースで伝えてほしいと思います。

“感染防止効果”確認されず 冷静な対応を、「ポビドンヨード」研究の医師(2020年8月5日)|BIGLOBEニュース

 知事は、会見後のネットでの批判を受けて、「研究成果を信じて頂かなくても構いません。」と発言されたようですが、多くの批判は、この研究をどう評価しどう解釈するかを問題にしているのであって、結果を信じる信じないの話ではないと思います。そして薬剤の見本を自らの前に並べて発表するというやり方が適切であったかどうかという点を批判しているのです。おそらくあまり正確ではない解釈に基づいて、勇み足で発信してしまったことで、混乱を招いたのですから、その混乱をきちんと収めるように発言すべきでしょう。これまでその決断力や発信力を評価され、期待されてきた人なだけに、とても残念です。誰にでも失敗はあるものです。失敗した時こそ、意地を張ったり開き直ったりせずに、素直に誤りを認め、誤解を招いたと思われる部分は真摯にかつ早急に修正することが必要だと思います。

 

* Satomura K, et al.: Prevention of upper respiratory tract infections by gargling: a radomized trial. Am J Prev Med 2005; 29:302-7

研究は府内で宿泊療養している軽症や無症状の患者41人を対象に実施。ポビドンヨードを含んだうがい薬で1日4回うがいした人の唾液のPCR検査の陽性率は、1日目は56・0%で、4日目は9・5%に減った。うがいをしなかった人は、それぞれ68・8%、40・0%だったという。
研究は府内で宿泊療養している軽症や無症状の患者41人を対象に実施。ポビドンヨードを含んだうがい薬で1日4回うがいした人の唾液のPCR検査の陽性率は、1日目は56・0%で、4日目は9・5%に減った。うがいをしなかった人は、それぞれ68・8%、40・0%だったという。
研究は府内で宿泊療養している軽症や無症状の患者41人を対象に実施。ポビドンヨードを含んだうがい薬で1日4回うがいした人の唾液のPCR検査の陽性率は、1日目は56・0%で、4日目は9・5%に減った。うがいをしなかった人は、それぞれ68・8%、40・0%だったという。
研究は府内で宿泊療養している軽症や無症状の患者41人を対象に実施。ポビドンヨードを含んだうがい薬で1日4回うがいした人の唾液のPCR検査の陽性率は、1日目は56・0%で、4日目は9・5%に減った。うがいをしなかった人は、それぞれ68・8%、40・0%だったという。