新型コロナウイルス感染 海外からの報告9: 新たな子宮内感染の報告

昨日、子宮内感染についてのニュースを取り上げたばかりでしたが、7月14日付でNature communicationsという権威ある専門誌に、新たなケースが報告されていたことがわかりました。オープンアクセスで、誰でも読むことができます。

Transplacental transmission of SARS-CoV-2 infection

フランスはパリにある、Paris Sacley Universityの病院群の中のAntoine Béclère Hospitalからの症例報告です。

 これまでのいくつかの子宮内感染の疑いとして報告されているケースでは、胎盤を介した感染なのか、子宮頸管からの感染なのか、あるいは母体そのものからではなく周囲の環境からのものなのかが明らかでなかった(ここで取り上げられている6文献のうち、昨日のエントリーの文献で言及されている5文献と共通のものは2つ)が、今回のケースでは、明確に経胎盤感染であることが確認され、かつ、新生児に新型コロナウイルス感染症の神経症状として矛盾のない臨床症状が新生児において確認された。という報告です。

ケースの概要

 23歳の初産婦が、妊娠35週2日の時に、38.6度の発熱と2日前から続くひどい咳と痰のために入院しました。鼻咽頭ぬぐい液、血液、腟分泌物のいずれからもSARS-CoV-2のRT-PCR検査陽性でした。

 入院後3日目の胎児心拍モニターで、胎児ジストレスの所見があり、緊急帝王切開となりました。未破水でした。手術は全身麻酔で行われました。破膜前に採取した羊水からも、RT-PCR陽性が確認されています。妊婦は、術後6日目に退院しています。

 新生児は、男児で2540gでした。新生児の状態を評価するアプガースコア(評価項目5個のそれぞれの配点が2点の10点満点で、生後5分の値が7点以下は新生児仮死の評価につながる)は、生後1分、5分、10分がそれぞれ、4点、2点、7点でした(5分時の2点は、皮膚色が1点、筋緊張が1点であとは0点)ので、気管内挿管され、NICUの陰圧室に収容されました。状態は安定し、気管内チューブは生後6時間で抜去されました。これに先立って行われた血液ガス(酸素濃度など)および一般的な血液検査は、全て正常値でした。血液および気管支肺胞洗浄液でのSARS-CoV-2のRT-PCR検査は陽性でした。血液中細菌感染や真菌感染は見つかりませんでした。鼻咽頭ぬぐい液と直腸ぬぐい液におけるSARS-CoV-2のRT-PCR検査は、生後1時間、3日目、18日目に行われ、全て陽性でした。

 生後3日目に、この子は突然、落ち着かない様子となり、ミルクの飲みが悪くなり、筋緊張が高まって体を反らせるようになりました。髄液の感染症検査(SARS-CoV-2、細菌、真菌、エンテロウイルス、ヘルペスウイルス)は陰性でしたが、髄液中の細胞数は増え、タンパクも軽度増加していました。血液からも微生物は検出されませんでした。また脳の超音波検査と脳波検査の結果も正常でした。代謝性疾患のサインもありませんでした。症状は、3日以上かけて徐々に改善し、生後5日目に採取した髄液の検査では異常所見は見られませんでしたが、軽度の筋緊張の低下とミルクの飲みの悪さが残りました。生後11日目に頭部MRI検査が行われ、両側(やや左に強め)の傍脳室および皮質下の白質に神経膠症が見られました。

 結局、特別な治療は何もせずに、18日目には退院となりました。生後2ヶ月の時点で筋緊張度は改善し、MRI所見も改善(白質障害の減少)、発育やその他の検査結果も問題ありませんでした。

感染経路は?

 このケースでは胎盤の検査も行われています。胎盤からもSARS-CoV-2のRT-PCR検査陽性で、ウイルス量は胎盤において、羊水や母体血、新生児血液よりも多く検出されていました。病理学的検査では、梗塞を伴ったびまん性の絨毛周囲フィブリン沈着(絨毛間腔母体血の血栓傾向の結果)と、急性および慢性の絨毛間炎が見られました。SARS-CoV-2 Nタンパク質に対する抗体を用いた免疫染色によって、絨毛周縁の細胞に強い細胞質の染まりが散見されました。他の病原体に対する免疫染色も行いましたが、特に何も染まりませんでした。

 ということで、妊娠末期に新型コロナウイルスに感染した母体において、胎盤を介した胎児への感染が明らかになったケースとして、しっかりとデータが取れています。これまでの新型コロナウイルス感染妊婦のケースの報告でも、このケースと同様の胎盤の病理所見が得られていて、この感染症の特徴かと思われます。

 この論文の考察として述べられている内容のうち興味深い部分を挙げておきます。新型コロナウイルスが人体の細胞に感染する際の受容体としてアンギオテンシンII転換酵素(ACE2)が知られていますが、これは胎盤組織において強く発現していることがわかっています。動物での研究結果では、ACE2の発現は、胎児や新生児の組織内では時間経過とともに変化しますが、妊娠の終わりと出生後1日目の間にピークに達することが示されていて、このデータと今回の彼らの報告とを組み合わせて考えると、妊娠末期の数週間に経胎盤感染が確実に起こったといえるだろうと述べています。より早い時期での感染に関連した十分なデータがないため、妊娠のもっと早い時期での胎児への感染の結果であることは完全には否定できないという但し書き付きではありますが。

特徴的な症状

 また、このケースでは、ウイルス血症に引き続いて起こった神経症状がありました。神経症状は、成人のSARS-CoV-2感染では、特に炎症反応と合併してよく見られる症状ですが、これまでの新生児感染疑いケースでは、肺炎症状かあるいはあまり典型的でない症状が報告されていました。著者らは、今回のケースで見られた、ウイルス血症に引き続いて起こった炎症反応を伴った脳白質の病的所見は、成人で見られるものと同一と考えられ、SARS-CoV-2感染によって生じた血管炎によって引き起こされたものとして矛盾しないと述べています。

経胎盤感染、神経症状、脳病変

 脳に病変が起こったというと、かなり恐ろしいと感じる人も多いかもしれませんが、この論文のケースでは、症状は血管炎に伴う一時的のもので、生涯残るような障害にはつながらないように思われます。ただしまだあくまでもごくわずかなケース報告でしかないので、今後同様のケースがどの程度出てくるか、またケースによって病状の程度に違いがあるのか、より重症例がないのか、など注視していく必要がありそうです。

 また、妊娠末期の感染が経胎盤感染を起こし、脳病変につながる可能性が示唆されたことからは、出産近い時期の妊婦さんにおいては、感染に特に注意する必要があるといえるでしょう。

 現時点で、妊娠初期の感染が胎児にどのような影響を及ぼしているのかについての報告はありません。また、妊婦が感染した結果、生まれた新生児に重大な障害が残ったというケースも出ていません。世界中で数多くの感染患者が出ている中、妊婦の感染もかなりの数に上っていると思われますので、おそらく胎児に何らかの症状が出る頻度はそれほど高いものではないだろうと想像していますが、油断ならないことに変わりはないでしょう。