NIPTと超音波検査は、互いに補完し合う検査として存在する。

先日、新型コロナウイルス感染症に関する緊急事態宣言が解除されましたが、東京などでは7週間に及んだこの期間に、人々の働き方は大きく変化しました。私たち医療従事者は、日常診療など臨床業務は維持しましたが、学術集会や研究会などの学術活動は、人が集まる形での開催が回避され、オンラインでの開催に変更されることが多くなっています。そんな中、オンライン会議システムを用いた学習の機会が、これまでよりも増え、国際学会が数多く開催される欧米から遠く離れた場所にいる我々日本の医師たちにとって、むしろ国際的な学術集会の機会に参加しやすくなるメリットが生まれたのではないかという期待感があります。私が自分にとってメインの学会と位置付けているものの一つ、国際産科婦人科超音波学会(ISUOG)の学術集会も、この秋はオンライン開催となることが決まりました。

 つい先日は、London School of Ultrasoundの企画であるオンラインコース『EARLY FETAL TEST: 12 weeks anomaly scan & NIPT working together』に参加しました。

 私自身も、昨年の日本超音波医学会第92回学術集会のワークショップ「妊娠初期スクリーニング -超音波とNIPT- 」で発表させていただいたように、NIPT時代における妊娠初期の超音波検査の位置づけについて、新しい考え方が必要になっていると思っていましたし、超音波検査とNIPTとの関係や使い分けについては、日本の医師は特によく知る必要があると考え、情報発信を行ってきました(現在思うように進んでいないプロジェクトがあるものの、今後もこの点については前向きに行っていきたいと考えています)。この課題について、いわば本場ともいえるところからの発信、最新情報を学ぶことができる場と考え、参加しました。

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 以前にも、別の学会の企画で話を聞いたことがあったのですが、このLondon School of Ultrasoundの主宰者であるUniversity College London教授 Fred Ushakovの話は、わかりやすくかつ刺激的で、良い勉強になりました。私にとって最も印象的だったことは、彼にとっては師匠ともいえるこの分野の世界の大ボス、Prof. Kypros Nicolaidesが進めてきた妊娠初期の胎児スクリーニングと血清マーカーを組み合わせたコンバインド検査の手法について、そしてその根幹となるNT: Nuchal Translucencyの計測について、NIPTの普及と、超音波での胎児の観察が妊娠初期(第1三半期)においてもより詳しく評価することが可能になってきたことを受けて、その価値自体の見直しが必要であると述べていた点でした。「2020年の今、NTを計測することの意義がどの程度あるだろうか」という問いを発して、NicolaidesのFMFの手法とはやや異なる新たな検査手順を提唱していました。

検査の選択肢がバラバラ

 このオンラインコースを受講して、週明けから診療を行っているうち、改めて日本の現状について暗澹たる気持ちにさせられたのでした。どういうことかというと、日本と他の国との違いは、主に染色体トリソミーの検出を主目的としたスクリーニング検査が強く制限されてきた結果、NIPTの導入までの段階的な発展・普及の手順を追っておらず、NIPTが突然広まったようになってしまっているために、医療者が検査の選択肢をうまく駆使できない状況に置かれているのです。

 以前から講演などで何度か使用してきたスライドを以下に貼り付けます。

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日本では、1999年に厚生科学審議会先端医療技術評価部会・出生前診断に関する専門委員会「母体血清マーカー検査に関する見解」が発出されて以来、主に欧米を中心に普及し全世界に広がっていった出生前検査の技術が『行うべきでないもの』という扱いになり、上の図で示したように、この分野の技術や知識についての『空白期間』が生じてしまいました。この空白期間は、2013年にNIPTコンソーシアムを中心にNIPT検査が開始されるまで、10年以上の期間にわたりました。図を見ていただければわかるように、この期間は、ちょうどNT計測を用いたスクリーニング検査に血清マーカーを加えた『コンバインド検査』が開発され、その後より精度を上げるべく、複数の超音波マーカーを加える試みがなされるという流れの中にある時期でした。このため、現在当院で行なっている、『FMFコンバインドプラス』検査に関して日本の多くの医療者が理解を深めておらず、市中の臨床医だけでなく、学会認定施設でNIPTを扱っている専門医や遺伝カウンセラーといったスタッフも、この時期における超音波検査の意義や評価方法など、よくわかっていただけていない現状なのです。

 このせいで起こっている問題は、妊婦さんが出生前の検査を希望した場合や、妊婦健診でたまたま胎児の“むくみ”を指摘された場合の説明内容、これに続く検査選択の提示などが、担当者によってまちまちになってしまうことです。

胎児に“むくみ”がある時の選択肢は?

 例えば、胎児に“むくみ”が見つかった時に、NIPTを勧められるケースがあります。しかしNIPTは本来、胎児に何か所見がある時に、その原因となる診断を明らかにするための検査ではありません。むしろNIPTは、それまで何も指摘されていない人が受ける『スクリーニング検査』です。何もない人の中から何かを見つけ出そうというのが、『スクリーニング検査』ですから、見つける目的となる『何か』が、本当に見つけるべきものなのかどうかということが議論になるのです。この性格の検査を、例えば国民全体のようにあるグループに所属する全ての人を対象として適用しようというのが、『マススクリーニング』であり、公衆衛生のためにがん検診に公費補助をつけるというような仕組みになるのですが、染色体異常をその対象にすることが優生思想と関連するので、出生前検査が問題になるわけです。

 しかし、超音波で胎児に何らかの所見があった場合、それは臨床的には何らかの兆候を見つけたことになりますので、それが何と関係しているのかについて考え、次の検査を適切に選択する必要性が生じます。その時に、NIPTを選択することが本当に正しいでしょうか。

 実は私自身も、超音波検査の後にNIPTも選択肢に含めた説明を行う場合があります。それはどういう時かというと、ちょっとしたNT肥厚以外に、特別な所見が何もない時です。最近、妊娠初期の、特に妊娠12週・13週の超音波検査では、胎児の体の中の様子が、妊娠中期ほどではないにしろかなりいろいろと確認できるようになってきました。また海外を中心にこの時期の胎児の観察が熱心に行われてきた結果、体の内部の見え方の特徴から、どのような疾患が想定されるかがある程度推測できるようになってきました。もちろん、小さい胎児の観察なので、確定診断まで持っていくことは容易ではないのですが、ある程度の推測ができると、中には超音波では捕まえきれない21トリソミー(ダウン症候群)さえなければ、まず他の問題はないと言えるのではないかと推定可能なケースも出てきます。この場合、NIPTは、その陰性的中率が極めて高い特性を生かすことが可能と考え、選択肢の一つにあげることが可能になるのです。ただし、あくまでもこの検査は、対象疾患が限られているし、偽陰性がゼロではないので、より確実を求めるなら、絨毛採取や羊水穿刺による染色体検査をお勧めする事になります。あとは、その検査リスクと知りたい範囲との兼ね合いで決定していただきます。

 でも、胎児に“むくみ”がある場合、特にその程度が強い場合などは、NIPTではカバーできない疾患の候補がいろいろと想定されます。このような場合には、はじめから染色体検査に進んだ方が良いに決まっているし、あるいは、超音波検査を詳細に行う事で、“むくみ”以外の問題も見つけることが可能になり、より診断に近づくことが可能になります。時には、超音波検査だけで重大な問題が見つかり、結論的なお話ができることもあります。

状況に応じた選択肢の提示が必要

 当院に来る相談の中で、時々、妊婦健診で“むくみ”を指摘され、NIPTを勧められて受けてきたところ、すべて陰性だったのだが、どうすれば良いだろうというものがあります。あとは経過を見ていくしかないと言われていたりします。“むくみ”を指摘された時の画像をプリントしたものを見せていただくと、かなり強いむくみがあるケースなどがあり、やはり羊水穿刺をおすすめしなければならなくなるのです。ではこの時のNIPTはなんだったのか?悪い言い方をすれば、ただお金を浪費しただけとも言えます。このタイミングでうける検査としては、金額が高すぎるのではないでしょうか。

 妊婦健診でNT肥厚と言われた後に、『クアトロテスト』を勧められているケースもいまだにあります。私は以前から、もうこんな古めかしい検査はやめた方が良いと言っているのですが、いわゆるスクリーニング検査としてではなく、NT肥厚という所見を見つけた後に、この検査をやる意味など全くないと言えるでしょう。確定診断にも安心にも何にもつながりません。

 これとは別に、NIPTで18トリソミーや13トリソミー陽性という結果が出て、どうすれば良いだろうかという相談が来ることもあります。ほとんどの場合、羊水穿刺で確定するしかないと言われています。無認可施設で検査を受けた時のみならず、学会認定施設で受けた場合でもほとんどの場合そうだと思います。この二つの違いは、これらのトリソミーに伴う症状などについて、きちんとした説明や遺伝カウンセリングの場の提供があるかないかの違いでしょう。しかし、当院ではまず、超音波検査をお勧めします。なぜなら、18トリソミーや13トリソミーは、妊娠12週・13週の時点で既にこれらの疾患に特徴的な形態の異常が明らかである場合が多いからです。超音波所見には、明らかな異常の場合もあれば、いわゆる“ソフトマーカー”(明らかな構造異常ではなく、なんらかの異常を発見するための助けになる特徴)のみの場合もありますので、その見え方によって、超音波検査だけで判断可能ということもあれば、やっぱり確定的な検査をお勧めする場合もあります。確定検査の方法としても、羊水検査まで待たなくとも、絨毛検査という選択肢があります。絨毛検査は要するに胎盤の検査であるがために、『胎盤モザイク』という特殊な状況の場合には、胎児の診断に至らないケースもごくわずかにあります。このこともあって、NIPTの後の確定検査は羊水検査の方が適しているという意見もあります。しかし、超音波検査で診断にまでは至らないとしても、ある程度特徴的な部分があり、そして絨毛検査でその特徴やNIPTの結果と一致する染色体の問題が見つかれば、確定診断としても差し支えないでしょう(それがどうしても受け入れられなければ羊水検査の選択がある)。日本で絨毛検査の説明があまり行われていない理由は、この胎盤モザイクの問題というよりは、

1. そもそも絨毛検査自体を行うことができない。

2. 超音波検査で特徴を見つける技術や知識がない。

の2点に尽きます。

 なぜそうなってしまったのか。それは1, 2ともに、わが国には出生前検査の空白期間が存在したことが大きく影を落としているのです。今回添付した図をご覧になってもわかるように、またその前に添付したcertificateのオンラインコースの題名『12 weeks anomaly scan and NIPT working together』(NITPという誤植があるのはご愛嬌として)というタイトルを見ていただいてわかるように、この分野は、遺伝学的知識・手段と超音波診断とをきちんと組み合わせることが大事です。残念ながら、日本の現状はそうなってはいない(現在数多く検査を行っている未認可施設は、そもそもそのどちらも持ち合わせていない。ただ採血するだけ。しかし、学会認定施設でも、超音波検査をしっかりと行えるところは極めて少ない)のです。

  私たちは、この空白を埋める努力をしなければならないと考えています。そのために現在、専門家育成のためのセミナーの開催やテキストブック作成の準備をしています。

出生前検査・診断に関する医療は、総合的に行われるべきだが、周産期医療施設と同一である必要はない

 妊婦さんたちが、あっちへ行ったりこっちへ行ったりして色々と違った情報提供を受け、右往左往した挙句にお金を浪費し、最終的にきちんとした結果が得られるかどうかもわからないというこの現状を、改善するには、網羅的に全てをしっかりとカバーできる施設をつくっていくしかありません。

 現在の認定施設のスタッフが、もっと幅広い知識と技術を身につけて、どこへ行っても同じ内容・同じレベル・同じ方法論で対応できるようにすることも大事ですが、現在ある多くの認定施設が、出生前検査・診断以上に、周産期医療に力を注がなければならない多忙な状況に置かれている施設であることを考えると、周産期医療とは独立した施設でも胎児の検査・診断について責任を持って網羅的に行うことが可能であるならば、そう行った施設がこの分野を担い、周産期の専門施設と密に連携する体制を構築することが現実的かつ有効なのではないかと考えます。

 今回の記事をお読みいただけた方には、

・認定施設であっても不十分な検査・カウンセリング体制であることがままある。

・未認可施設が数多くの検査を扱う現状をなんとかしないとまずい。

・日本産科婦人科学会が、施設認定基準として分娩にこだわることは適切でない。

ということがおわかりいただけたのではないかと思いますし、

遺伝カウンセリング・検査説明から超音波検査、絨毛検査、羊水検査、そして検査結果に基づいたコーディネイト(その後の管理を委ねる医療機関の紹介)まで、全てを網羅的に行っている当院のような施設が、NIPTのみを行うことができない(正確にいうと、学会の認定が受けられない)(行うことは採血して検査会社に提出するだけですから)という現状が、いかに歪なものなのか、おわかりいただけるのではないでしょうか。