NIPTのオプションが増えることは、安心が増えることとは必ずしも一致しないかもしれない(その2)

その1では、疾患の頻度(事前確率)が低い場合、検出感度が高い検査であっても、陽性的中率はそれほど高くはならないという話をしました。

 さて、では認定外NIPTクリニックでは当たり前のように行われている、微細欠失症候群の検査ですが、これらの疾患はいったいどのくらいの頻度であるのでしょうか。

 NIPTを扱っている検査会社はいくつかあって、会社によって少し対象疾患が違っているのですが、以下のようなものが対象になっているようです。

・1p36欠失症候群:4,000〜10,000人に一人

・4p欠失症候群(Wolff-Hirschhorn症候群)(4p16.3欠失):50,000人に一人

・5p欠失症候群(5p15.3欠失):20,000〜50,000人に一人

・Langer-Giedion症候群(8q24欠失):200,000人に一人

・Jacobsen症候群(11q23欠失):100,000人に一人

・15q11.2欠失に関係する以下二つの症候群

  Prader-Willi症候群:10,000〜25,000人に一人

  Angelman症候群:12,000人に一人

・Smith-Magenis症候群(17p11.2欠失):15,000〜25,000人に一人

・22q11.2欠失症候群:4,000人に一人

pとかqの前にある数字は染色体の番号、p,qは、染色体の構造のうちの真ん中にあるくびれの部分(動原体)の上下に伸びる腕の短い方(短腕)がp、長い方(長腕)がqと決められている表示で、これに続く数字は、場所を示していていわば住所のようなものです。つまり、染色体の上のごく一部分に欠けている部分があるということです。このわずかな欠けでも、様々な症状が出るので、症候群という名称になります。

 それで、これらの症候群の発生頻度は、報告によっても幅があるのですが、NIPTを提供している検査会社の資料に記載されているものを、それぞれの疾患の右側に示しました。

 どうでしょうか、22q11.2欠失症候群のように比較的見つかりやすいともいえなくもない疾患もあれば、中には非常に頻度の低い疾患も含まれています。正直申しまして、4p欠失や5p欠失は診断した経験があるし、Prader-Willi症候群やAngelman症候群は、よく知っているし、実際の症例経験もありますが、Smith-MagenisやLanger-Giedionなんて、これまでの長い出生前検査・周産期管理の経験の中でも、見たこともありません。普通の産婦人科医にとっては、これらの疾患は、見たことも聞いたこともないという種類のものと思われます。

 そして、(その1)でお示ししたように、疾患頻度が低い(事前確率が低い)と、陽性的中率は、極めて特異度の高い(限りなく100%に近い)検査でない限り、それほど高くなるとは考えにくいのです。また、これほど頻度の低い疾患を対象とした検査の感度や特異度などを検証することは、どの程度可能なのか、どの程度行われているものなのか、全く未知数です。

 さらに難しい問題は、もし万が一この検査で陽性と出た場合、どう対応するつもりなのかという点です。これを扱っている施設は、検査結果について解釈したり、説明したり、次の検査についての情報提供をしたりなど、全くできる体制にないところがほとんどです。どこかの施設に羊水検査を依頼するのが関の山でしょう。しかし、これらを確実に検査できる医療機関が、日本にどのくらい存在しているのかはまた未知数です。なぜなら、染色体の微細欠失は、通常行われている羊水による染色体検査(G分染法)では、見つけることができないからです。これらの欠失を確認するためには、少し特殊な手法の染色体検査が必要となります。現時点では、最も適した方法は、マイクロアレイでしょう。しかし、マイクロアレイは、徐々に普及しつつある(例えば米国などではG分染法に代わって第一選択にすべきという意見もある)とはいえ、わが国ではまだまだ出生前に行う施設は多くはありません。微細欠失を対象としたNIPTが、産婦人科ではない施設で普及してしまい、しかしこの確定検査を行うことのできる、あるいはそれをきちんと選択することのできる産婦人科施設が限られているというアンバランスな状況は、かなり懸念されるべき事態ではないかと感じます。今、この種のNIPTを扱っている施設は、そのあたりをどう考えてやっているのでしょうか。自分たちはとりあえずニーズを掘り起こして、稼ぎにつなげることができればそれでいいという考えでしょうか。そもそも頻度の低い疾患なのだし、陽性が出ることはまずないだろうという軽い気持ちなのかもしれません。

 これらの検査が、どのぐらい有効性があるものなのか、検査会社はデータを持っているのでしょうか。NIPT最大手と言えるillumina社の資料のページを見ると、この会社のVerify Plusという商品では、上記のうちの6種類の症候群を対象にしています。そして、説明資料を見ると、115,000人以上の検体を用いた臨床コホートでは、このVerify Plusは、偽陽性率が低く、判定不能例も少ないと述べられています。その上で、22q11.2欠失症候群に関しては、陽性的中率が90%で、他の5疾患では、それが10.5〜66.7%の間にあると述べています。これはどういうことなのでしょう。どのくらい信ぴょう性のある数字なのでしょうか。上に記載した疾患頻度からみて、検査件数115,000人程度だと、出るか出ないか程度しか実際にこれらの疾患を持つケースはないのではないでしょうか。もっともっと数多くの検体で検証できたなら、もっと信ぴょう性の高いデータが得られると思うのですが、現在出ている数値は、陽性例や実際に疾患を持つケースの数がちょっと変化しただけで大きく変化するのではないでしょうか。そもそも、これらの事前確率の低いケースで、陽性的中率がそこまで高くなるとは考えられません。まだ評価可能とはいえない段階の数字を出しているのではないかと感じます。この資料をよく見ると、最後のところに、Data calculations on fireという但し書きがついています。on fireとはどういう意味でしょうか。まだ継続的にデータ収集して計算し続けていますということでしょうか。要するにここに示されている数値は、すごく良さそうだけど、まだ論文になるレベルのものではない、会社外部の客観的な評価を受けることのできる段階ではないという言い訳だと思います。

 もちろん、どんなに低い頻度の疾患でも確実に存在するし、それが発症した時には、症状の程度にも個人差はあるものの、それなりにいろいろな対応が必要になることは間違いありませんので、とりあえず陰性の結果を得ることは安心につながるのかもしれません(まあほとんどの人が陰性になることは明らかですが、数多く検査すれば陽性が出る人ももちろんいるはずではあります)。さて、果たして「陽性」と出た時、どう対応すればいいのかをどこで相談できるのでしょうか。そして、この検査を受けさえすれば、胎児に何らかの病気が出てくることはもうほとんどないと言えるのでしょうか。本当に安心につながるのでしょうか。

 次回は、この検査でも拾うことのできない問題への対処について、そして最近出てきた単一遺伝子疾患を対象とした検査の問題点について、取り上げたいと思います。