1月18日読売新聞夕刊 『変わる早産対策』 この国独自の産科医療は変われるのか?

読売新聞夕刊で、早産予防治療についての話題が取り上げられていました。これまでこのような話題が全国紙レベルで載ることはなかったので、現状を変えるきっかけになるという期待感を持つ医師もおり、攻めた記事だと評価されています。

 日本で行われている『切迫早産』に対する治療方針は、全世界的に見ると独自の道を走っています。入院安静、塩酸リトドリン点滴、そしてその長期投与で、ベッドに寝たまま延々と点滴が続く生活を強いられている妊婦さんが大勢おられます。また、その前段階として、自宅安静を指示され、塩酸リトドリンの内服薬を投与されるケースもすごく多いのです。

 この治療方法は、約30年ほどに渡って続けられてきました。子宮平滑筋の収縮を抑える強い作用が期待され、実際にいわゆる『張り』を止めることが可能なので、点滴投与での有効性は間違いがありません(内服薬についてはその効果は懐疑的です)。一方で、長期間にわたる投与にはあまり意義がないことや、だんだんと効果が減弱すること、また動悸などの比較的強い副作用があって、海外ではその使用は限定的でした。

 わが国では、あまりにこの薬が濫用されるので、そのことを問題視したり他の良い方法はないものかと考える医師もいた反面、日本における周産期死亡率が諸外国に比べて極めて低いことの根拠の一つとして評価する声も多く、現状追認の状況が長年続いてきました。しかし、医療全体としての成績が良いからといって、やり方が全て正しいとは必ずしも言えません。特に、妊婦さんの生活を犠牲にして我慢を強いるのが当たり前という意識の蔓延には、私もずっと疑問を持っていました。

 そんな中で、私と同じような疑問を持ちつつ周産期医療を続けてきた複数の医師たちが、様々な試みを行ってきた、あるいは行い始めたことの一端が、この記事にまとめられています。これまでのやり方を変えることには勇気がいるし、その効果を信じて疑わない医師も大勢おられると思われますので、今後も議論が続くでしょうが、一般紙、それも全国紙に取り上げられたことは、その議論がより広がるという点で良いことだと思います。

他の薬剤の選択肢もありえる

 この記事に取り上げられている方法以外にも、多くの試みは存在しています。

 私は、約10年前に米国および欧州で胎児に対する外科治療を行う現場にいました。当時の胎児への外科治療は、妊婦さんのお腹を切開し、子宮を露出して、子宮を切開し胎児の体の一部を露出させて手術を行うものから、徐々に可能なものから内視鏡を用いたものに移行させていく過程のはじめの頃の段階でした。開腹し、子宮切開を行い、胎児の治療をしたのちに子宮を閉じて、お腹を閉じるという手術は、母体への負担が大きく、この処置の後に子宮の収縮を如何に制御し、早産を防ぐかというのは大きな課題の一つでした。一般的な切迫早産の治療とはまた別の状況ではあるものの、子宮収縮を抑えて早産を予防するという意味では、考え方は同じです。

 当時、私がお世話になっていたベルギーのルーベンカトリック大学病院では、atosibanという薬剤が使用されていました。この薬は、子宮収縮を起こすホルモンであるオキシトシンの受容体に拮抗する作用を持ち、子宮収縮を劇的に抑える効果がありました。現地の医師は、「これを使いだしてから、早産予防の管理が本当に楽になった。」と語っていました。一方、米国では、このatosibanは未承認であり、使用できませんでした。その代わりに何が使われていたかというと、ニフェジピンやインドメタシンでした。前者は、血圧降下薬として日本でもよく用いられている薬ですし、後者は、NSAIDs(非ステロイド系消炎鎮痛薬)の代表的なものとして、やはりよく使用されています。このいずれの薬剤も当時日本では、薬剤添付文書において、妊婦への投与は『禁忌』とされていました。禁忌とされていた理由は、妊婦に投与した結果、胎児に現れるよくない作用の報告に基づくものでしたが、薬剤の作用や妊娠時期との関連を検討した結果、使用時期と方法を選べば安全に使用できることはわかっていました。日本の産科医たちも、切迫早産に対する治療戦略を考える上で、より有用なオプションを増やしたいという気持ちは持ち続けていましたし、海外での使用経験も情報として得ていましたので、日本産科婦人科学会として国に働きかけ、2011年にはニフェジピンの添付文書が改訂され、妊娠20週以降での使用は禁忌から外れました。しかし、多くの現場の医師にとって、禁忌とされていた(あるいは使用には注意を要するとされている)薬剤を使用するよりも、使い慣れた塩酸リトドリンを使い続ける方が選択されているのです。その方が気が楽なのです。

 そもそも塩酸リトドリンは、米国では2011年にFDA(米国食品医薬品局)が、欧州では2013年にEMA(欧州医薬品庁)が、この長期投与には新生児予後を改善させるほどの効果はないとの理由(および副作用の強さ)から、点滴投与は48時間(この間に胎児の肺成熟をうながすためのステロイド投与を行う)以内に限定する勧告を発しています(同時に内服薬の承認も取り消されました)。 このこともあって、米国では塩酸リトドリンはほとんど使用されていません。どちらかというと硫酸マグネシウムの方がよく使用されていると思います。この薬は、もともと重症妊娠高血圧症における子癇発作の予防および治療に効果のある薬として使用されていましたが、子宮収縮抑制効果が期待され、早産予防にも使用されていました。しかし、この薬剤も副作用に注意が必要で、何れにせよ長期投与されるものではありませんでした。また、黄体ホルモンであるプロゲステロンを腟坐剤の形で投与する方法も欧米では一般的です。

 わが国でも、長年にわたり絨毛膜羊膜炎についての研究を行なって来られた浜松医大の金山教授のグループが中心となって、ウリナスタチンという薬剤の投与の有効性を見つけ、報告されています。すでに国内の複数の施設で、独自に製剤した腟坐剤が使用されており、期待される効果が得られかつ副作用が少ないことが経験されているようです。この治療法は、日本発の新たな治療戦略として期待され、過去には市販薬としての承認を目指して治験も行われていたと記憶していますが、治験デザインの問題があったのか、有効性が確認されず頓挫したようです。しかし、最近になって再度実用化に向けての試みが進んできていると伺っています。私は、感覚的には、本記事で取り上げられてはいるものの、物理的な方法で局所刺激もありそうなペッサリーよりも、こういった薬剤の開発の方がより期待できるのではないかと感じています。

独自の生活指導・行動制限も考え直すべき

 薬剤や治療方法の選択だけでなく、生活制限についても考えていかなければならないと思います。特に大きいのは、『安静神話』とでもいうべき、何しろ安静にしていることが効果的であるという考えの蔓延です。この『安静』という言葉は、医師が口にしやすい言葉ですが、その具体的な定義はありません。どういう生活が望ましいのか、どこまでが安静にあてはまり、どのような行動は望ましくないのか、明確な基準がないのです。入院中の生活についても、医療機関ごとあるいは担当医師ごとに独自のルールが作られていたりします。これまでに耳にしたものとしては、

・「水のいっぱい入った金魚鉢の水をこぼさないように持ち運ぶように行動しなさい。」と指導する医師

・「入院ベッド上での寝返りは、一日6回まで。」と回数を指定する医師

この独自の基準に、どういう根拠があるのか、よくわかりません。そもそも寝返りの回数を制限されるという生活が想像できません。また、

・トイレに行くのは危ないので、床上排泄あるいは膀胱内カテーテル挿入という対応

・シャワーは危険なので、ベッド上での清拭のみ

という対応は多くの医療機関で行われてきましたが、ある県の周産期センターの病院では、切迫早産という診断で入院している妊婦さんも皆、点滴しながら普通に歩くことにしても分娩が進行して困ることにはならなかった経験より、行動制限を撤廃しています。ここの医師からは、この病院に転院してくるまで地域の医療施設では生活をがんじがらめにされていた人も、周産期センターに移ってからは、リラックスできているとお聞きしました。

 子宮頸管長の計測も見直すべき問題です。子宮頸管長の短縮が早産と関連するという報告はよく知られてはいるのですが、多くの医師たちは、その情報を聞きかじっただけで、“安易に”計測し、警告し、安静を指示し、入院させ、行動制限し、点滴治療を行うというようなことを行なっています。しかし、私がみたところ、

・まず計測自体が不正確(その時期も計測方法も)

・短縮が発見されたとして、これに対する有効な治療戦略はまだ不明確

という問題があります。つまり、あまり正確でない計測に基づいて、不必要な行動制限を強いられている妊婦さんが大勢存在すると考えられます。中には、一度短縮が指摘されていながら、入院安静後に改善した(長さが正常化した)というあり得ない経過を説明されている人もいるようです。

 何かにつけて安静にするように伝える日本の産科医療は、妊婦さんの負担を増やし、妊娠は大変なことというイメージを作ることにつながり、小さい子どもを育てながらの次の妊娠への警戒心を惹起する原因になっているのではないかと感じざるを得ません。根本的な原因ではないとしても、少子化の一因に繋がっている可能性もあるのではないでしょうか。

切迫早産といっても全て同じではないはず

 そもそも早産の原因は一つではないはずです。治療の有効性を期待するなら、その原因を突き止め、そこをターゲットにする必要があるでしょう。その意味では、先に記した絨毛膜羊膜炎に対するウリナスタチンという戦略は、腑に落ちるものがあると感じるのです。炎症の原因にもいろいろあるはずです。もし細菌感染がその根本に存在するなら、抗菌薬が有効でしょう。

 そういった点で、現在盛んに行われているような、何しろ収縮を抑える薬剤を持続投与するとか、何しろ安静とかといった方法は、見直されるべきだと思います。またあくまでも感覚的なものですが、ペッサリーのような物理的な方法や、頸管縫縮術などについても実は私はやや懐疑的です。もしかしたら、一部の状況には有効かもしれませんが、これもやはりケースを選ぶのではないでしょうか。

 私は現在、周産期医療には直接関与しない立場にいますので、ここで述べたことは外野が好きなことを言っているというように捉えられるかもしれません。しかし、少なくとも妊婦さんを日常的に診療している立場から考えて、この国の産科医療はまだまだ変わっていかなければならない点が多くあると感じているので、これまでの経験も踏まえて意見を書かせてもらいました。これからの日本の産科医療を背負う若い医師たち・研究者たちが、より良い方法を開発し、旧来の方法の良くなかったところを改善していってくれることを願ってやみません。