国が実態調査をするそうです。何の実態をどのように調査するのか、気になりつつ悶々とする夏の日。

梅雨が明けて猛暑の夏がやってきました。

 そういえば昨年、「母体血を用いた出生前遺伝学的検査」施設認定・登録部会宛に登録申請を提出したのはこの季節だったと思い出し、確認したところ、私たちの施設からは7月20日づけで申請書を送付していました。もう1年以上なしのつぶてで放置されています。小耳に挟んだところによりますと、このような状態になっている施設が17カ所ほどあるとのことです。これを不作為と言わずしてなんと言えば良いのでしょうか。

 先日、日本産科婦人科学会宛に「出生前検査の適正な運用を考える会」として提出した「公開質問状」に対しても、なんの回答も得られていません。

 実は私たちのクリニックは、「全国遺伝子医療部門連絡会議」にも維持機関会員として登録していただこうと一昨年2月に申し込んだのですが、「クリニックだから」という理由で撥ねられてしまいました。どうも学会や専門施設を結ぶ会議を仕切っている立場の方々は、私たちのような施設のことを軽く見ているのか、あまり仲間に入れたくないとお考えなのでしょうか。実際に揃えているスタッフは同じ専門知識と経験を積んで同じ資格を持った複数の専門家であり、大病院よりもむしろ多くのケースに連日対応し、学会にも積極的に参加し、評議員なども務め評価されているにも関わらず、このような軽い扱いをされてしまうのは、なるべくなら同列に加えたくないなんらかの事情でもあるのかと考えてしまいます。

 

 さて、先日以下の記事が出ました。

www.asahi.comちょうどこの記事が出た日、当院外来で私が担当した妊娠中期の精密超音波検査をお受けになった妊婦さんたちが、軒並み「非認定施設」でNIPTを受けた方でした。

まず最初の方は、Hクリニックで検査をお受けになった方でした。

その次の方は、JMクリニックで、そのまた次の方はYSクリニックで、、、

そして話を聞いてみるとどなたもよく検査結果について理解できていないのです。ほとんど説明がなかったということでした。だから、全染色体検査「陰性」と言われると、もう染色体についてはなんの心配もないという意味だと思っておられたりしています。染色体については心配がないけど、胎児の形態異常があるといけないので、超音波検査を受けに来たということなのですが、超音波検査で万が一なんらかの問題が見つかった場合には、染色体検査を行う必要が生じることがあります。それも偽陰性があるからというだけではなくて、例えば染色体の構造異常などもあり得るという話になるわけですが、このあたり今ひとつよくわかっていただけていない印象を持ちます。このような専門的な検査を普段妊婦をみていない、これまでほとんどみたこともなかったような医師が扱っていて、真面目にやっている私たちがこの検査のみを扱うことができない状態になっていることに強い憤りを覚えます。

そういうわけで、上記記事につながるのですが、この「実態調査」は、何を調査するんでしょうねえ。すごく難しいと思うことは、例えば検査を扱っている場所(病院やクリニック)に臨床遺伝専門医がいるのかとか、認定遺伝カウンセラーがいるのかとか、検査前に何時間説明しているのかとか、検査結果をどのように伝えているのかとか、そういうことを調べてもそれがきちんとした検査体制なのかどうかということを必ずしも反映しているとは言えないのではないかと思う点です。

どういう調査をするつもりなのでしょうか。施設それぞれを対象にアンケート調査するのでしょうか。それとも受診者を捕まえて来て調査するのでしょうか。検査会社に調査が入るのでしょうか。その調査の結果、どういう結論が導かれるのでしょうか。

なんとなく答が見えているような気がするのです。

これまで、NIPTの実施体制は、臨床研究の形をとって限られた施設で行われてきました。私は、このブログでも再三取り上げていますが、この臨床研究という形で進めること自体に違和感を持っていました。そもそも何を研究しようというのでしょうか。実際にやってきたことは、「研究」とは名ばかりで、要するに急激な広がりをなんらかの形で押しとどめようというための方便でしかなく、だから研究期間が終了した後にどのような体制で検査を行うようにするかのビジョンも元々なく、今回の混乱につながってしまったのです。

そして、この「研究」の成果はなんだったのかというと、「遺伝カウンセリングの重要性が認識された。」とか、「遺伝カウンセリングの体制整備が必要であることがわかった。」とか、もっともらしいことがよく言われるのですが、そんなことはじめから結論ありきだったわけです。その上、大事だ大事だと言われている遺伝カウンセリングが、本当にきちんとしたものなのかどうかも大いに疑問です。

例えば、先日の記事

NHKハートネットTV『シリーズ 出生前検査』を見て 私の視点 – FMC東京 院長室

でも取り上げましたが、ここでの「遺伝カウンセリング」にも気になる点が見えていました。

ここで映されていた場面では、NIPTでわかる「トリソミー」が、生まれてくる赤ちゃんに生じる問題の中でどのぐらいの割合を占めるかという説明をしていました。この説明では、NIPTを受けたとしても、胎児に生じる可能性のある問題の中の一部しかわからないと認識されます。実際そのようなニュアンスの説明を受けてきたとおっしゃる方が「認定施設」での遺伝カウンセリングを受けてきたという方々から時々聞いていますので、いろいろな施設で同様の話をよくしておられるのだと思います。しかし、この話は、全体の中での比率を示しているにすぎません。例えば目の前の妊婦さんの年齢によって、あるいは家族歴などによって、その方が何をどのくらい心配することにつながるのかは違います。妊婦さんの年齢が高ければ、全体の比率とは別に、その方にとってはトリソミーが生じる可能性が上がってくるわけですから、トリソミーの可能性を確認する検査には大きい意義があるはずです。テレビで放映されていた現場での遺伝カウンセリングの内容を全て把握しているわけではないので、この時の説明がそうだったとは一概には言えませんが、そういう視点が欠けたまま通り一遍の説明を行なっている施設があるようなのです。あるいは、また別の機会に取り上げようと思っていますが、「認定施設」の遺伝カウンセリング担当者も、NIPT以外の検査についての知識が豊富ではないような場合も多いようで(特に感じるのは、超音波検査に関する知識が不十分なことが多い)、様々な検査の選択肢について、総合的に語ることのできていないであろうことがわかるケースがよくあります。このような状況でありながら、「遺伝カウンセリングが大事」と言われても、どのくらい本来伝えるべき情報が正しく伝わっているのか疑問視せざるを得ません。

そんな中で、厚労省の調査は、一体何を調べようというのか。「遺伝カウンセリング」に対応している人員とか時間とか回数などを調べても、それが実質を伴っているのかわからないのではないでしょうか。でも多分そういう調査がなされて、「きちんとした遺伝カウンセリング体制が整った」施設で行うべきといいう話に持って行こうとしているのではないかと感じます。そして、もし単にNIPTの実施についてのみ調査するのであれば、それこそ出生前検査・診断の全体像が見えていないままになり、調査そのものが本質的なものではなくなってしまいます。

どうも日本の中でこの方面の専門的知識を持つ人と考えられている、あるいは厚労省がそう認識している人たちが、本当にこの分野の専門家と言えるのかどうか、そもそも長い間鎖国のような状況であったわが国の状況のなかで、権威然としてきた人たちが本当の意味での専門家と言えるのか。そういった人たちがもっともらしく言い募っている「遺伝カウンセリング体制の充実が大事」という話をそのまま鵜呑みにしていて良い方向に進むのか?

まったく不十分な説明のまま専門的検査を扱っている非認定施設のいい加減さにも憤りを感じつつ、単純に遺伝カウンセリングが大事だという言説にも違和感を持っています。

厚労省が検討会を設置するにあたり、どういった人たちから意見を聴取しようと考えているのか、誰の意見を参考にすることになるのか、たいへん気になっています。