日本産科婦人科学会宛に、公開質問状を送付しました。【全文公開】

3月にいくつもの記事を連続して書かせていただいた、日本産科婦人科学会の「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針(案)ですが、聞くところによると、倫理委員会および理事会を通過すると6月には(案)がとれて、会員に周知される形となるようです。どのようなものか、過去記事とともに振り返っていただけると良いかと思います。

drsushi.hatenablog.comこの頃書いたように、この指針案について私たちは危機感を感じてましたが、一人でわめいていても仕方がない、どこにも届きません。そこで、同じような問題意識を持った医師たちが結集して、せめて疑問点を正したいということになりました。

せっかくなので、この問題だけではなく出生前検査全体について、前向きに議論していきたいという思いも込め、「出生前検査の適正な運用を考える会」という名称の団体を立ち上げました。そして、本日、日本産科婦人科学会宛に質問状を提出しました。ここに全文を公開いたします。

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令和元年5月20日

日本産科婦人科学会

理事長 藤井 知行 殿

日本産科婦人科学会 倫理委員会

委員長 苛原 稔 殿

母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する検討委員会 各位

 

                              出生前検査の適正な運用を考える会

                                    発起人代表 池田敏郎

                                    発起人代表 中村 靖

 

NIPTの新指針案についての公開質問状(回答依頼)

拝啓

 新緑の候、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。日頃は我々会員のみならず、全国民のために日々大変なご尽力をいただいていることに感謝致します。

 当会は、わが国における出生前検査・診断に関わる診療について、産婦人科専門医として、また同時に臨床遺伝専門医としての研鑽を積んできた立場から、長年取り組んできた複数名の医師を中心に活動をしております。産婦人科以外の医師や、医師以外の職種の方々にも賛同を得てご参加いただき、より良い医療の提供を目標に日々議論を重ねております。

 さて、この度「母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)に関する指針(案)」をおまとめいただき、ありがとうございました。この検査がわが国のより多くの妊婦に対して適切な形で広く提供されることは、当会の目指す方向性と一致しており、研鑽を積んだ産婦人科専門医がこれを行うべきであると考えます。当会としましても、現状の不適切な実施に伴う混乱が解決に向かうことを期待しております。しかしながら、この案でお示しになっておられる実施体制については、当会の立場として疑問を持たざるを得ない部分がございます。この点について、質問させていただきたく、お便りさせていただきました。

 以下に疑問点の趣旨と質問を提示させていただきます。お目通しいただき、ご高配を賜りますよう、お願い申し上げます。

敬具

 

疑問点の趣旨

 出生前の検査・診断には、超音波検査に代表される画像診断、母体血清を用いたマーカー検査、羊水や絨毛を採取する侵襲的検査など様々なものがあり、これらを組み合わせた検査の歴史的流れの中で近年新たに導入された検査が、NIPTであると認識しております。その中で、NIPTに関してのみ施設基準を設けて規制することが、検査を必要とし希望する妊婦とそのご家族に対して、出生前検査の提供体制として適切であるのかについては、再考の余地があると思われます。これまでの厳しい規制のもと、検査を希望する妊婦が適切でない選択を余儀なくされていた状況を改善させるための指針改定であることは理解しております。しかし、今回の新指針(案)がこれまでと同様にNIPTについてのみ特別な施設基準を設定していることは、この状況の改善を阻害する要因になりはしないかと危惧するものです。

 本会発起人をはじめ、賛同者も含んだ中の多くの産婦人科医は、産婦人科専門医と同時に臨床遺伝専門医資格を持ち、長年にわたり出生前検査・診断の分野で研鑽を積みつつ、診療に反映させてきた者です。日本におけるNIPTの導入以前より、出生前検査を適切に提供するべく遺伝カウンセリングや検査前の説明、さらには異常が判明した際に充分な遺伝カウンセリングと心理サポート、場合によっては患者会と連絡を取りピアカウンセリングの実施等あらゆる夫婦へのサポートを行い、そして周産期管理を行う医療機関との密な連携を行いつつ各種出生前検査を実施してまいりました。NIPTの導入前後の議論にも積極的に参加し、意見を述べてまいりました。わが国におけるNIPT実施に際して大病院を中心に臨床研究が行われていた期間には、診療を行う場の規模や人員配置の関係でこれに参加することが叶わず、NIPT以外の各種出生前検査を実施しながらNIPTの臨床研究に関して外部より意見する立場で進捗状況について注視してまいりました。

この度の「母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)に関する指針(案)」を拝読しますと、『[1]はじめに』から『[4]NIPTに対する基本的考え方』に至るまで、繰り返し遺伝カウンセリングの重要性について述べられており、私たちが行ってきた診療の意義を再認識するとともに、今後のこの種の検査の実施体制を整えていく上での私たちの役割の大きさを改めて感じさせられました。ところが、続く『[5]NIPTを行う場合に求められる要件』の『[5]-2 NIPTを行う施設が備えるべき要件』内、(2)連携施設が備えるべき要件の2.には、遺伝カウンセリングに関して、『連携施設で行われる場合は、NIPTに関する説明および情報提供とそれに対する妊婦の同意をもって、遺伝カウンセリングに代えることが可能である』との記載もみられ、前段で述べられている内容に反して遺伝カウンセリングの扱いが軽くなっている印象を受けます。さらには、これに続いて『検査施行後の分娩まで含めた妊娠経過の観察、および妊婦の希望による妊娠中断の可否の判断および処置を自施設において行うことが可能であり、現に行なっていること。』の記述がありますが、その条件を要することについての根拠は示されないまま、絶対的な要件のように扱われています。近年、分娩を扱うことのできる施設数は減少傾向にあり、産科医師の偏在や過重労働が問題になる中、分娩の集約化の議論や医師の働き方の改革の議論が注目されるようになってきました。このような状況下において、分娩を扱う施設であることを要件に加えることは、検査実施の普及に対して高いハードルとなることが予想され、検査を希望する妊婦に対して、十分かつ適切な提供体制を構築することの障害になるのではないかと考えます。

もしこの指針(案)通りに施設認定方針が決定するようであれば、無床診療所等で分娩を取り扱わない施設を主な診療場所としている医師たちは、これまでも地域において出生前検査・診断を行う中心的な施設の一つとして数多くのケースを扱っていながら、今後もNIPTを実施することができない状況となり、従来から来られていたような夫婦が不十分な情報しか提供できない施設(含認定外施設)に流れやすくなることが予想され、結果として妊婦・その配偶者・胎児に不利益が及ぶことにもつながりかねないと懸念します。

 出生前検査には、その倫理的観点から様々な議論があり、その中には、中絶を行っている施設・医師が、出生前検査を行うべきではないという考え方さえ存在します。私たちの賛同者が皆そう考えているわけではありませんが、常にこういった議論が存在していることを認識している中で、今回の指針(案)においてNIPT実施施設の要件として分娩・中絶可能施設という強い限定がなされていることについての理由がわかりません。また、そのように決定された議論の過程も明らかではありません。

 以上が、今回の指針(案)に関して私たちの持つ疑問点です。

 

質問1:

『NIPTを行う施設が備えるべき要件』として、分娩および妊娠中絶を自院で扱うことが必須とされた理由およびその決定の経緯が、日本産科婦人科学会会員にも周知されておりません。この点について、ご回答いただくと同時に、公開していただくことはできませんでしょうか。

 

質問2:

産科婦人科専門医と臨床遺伝専門医を両方保持し、従来から遺伝カウンセリングや出生前検査を専門にしてきた医師が携わる施設であっても、分娩や中絶を扱っていない場合には引き続きNIPTだけ提供する事ができないものなのでしょうか。

 

上記に対するご回答を、6月20日までにお示しいただけますよう、お願いしたく存じます。また、

今回の質問状ならびに貴会とのやりとりにつきましては、一般にも公開させていただくことを、お含み置きくださいますようお願い申し上げます。

 

以上、何卒よろしくお願い申し上げます。

 

出生前検査の適切な運用を考える会(50音順)

発起人 池田敏郎(米盛病院)(代表)

               篠塚憲男(胎児医学研究所)

            宗田 聡(広尾レディース)

               中村 靖(FMC東京クリニック)(代表)

賛同者 倉橋浩樹(藤田医科大学)

               斎藤仲道(新古賀病院)

               宋 美玄(丸の内の森レディースクリニック)

               田嶋 敦(亀田総合病院)

               田村智英子(FMC東京クリニック)

               永井立平(高知医療センター)

               兵頭麻希(母と子のまきクリニック)

               藤田聡子(FMC東京クリニック)

               室月 淳(宮城県立こども病院)

               山口昌俊(宮崎大学)

****************************************************************************************以上、おわり