胎児の染色体検査結果を得るのには、2〜3週間かかるというのは本当か

受診予約の問い合わせや、相談のメールをいただいたりする中で、以前から感じていたことの一つに、染色体検査を行うための羊水穿刺などが、あまり積極的に行われない傾向があることがあります。特に、「今から検査しても中絶には間に合わない」という説明や、直接そうは言わずに、「週数が進むと危険性が高まる」といったような(ウソの)説明がなされていたりするのです。例えばこういう事例がありました。

・40歳という高年妊娠であることが気にはなっていたが、妊娠初期はつわりがひどくて検査どころではなかった。そうこうするうちに検査の時期を逸してしまい、担当医も何も言わないので、そのままになっていたが、やはり心配になり、妊娠19週になって羊水検査を受けたいと申し出たところ、「今検査しても結果が出る頃にはもう中絶はできませんよ。」と言われた。

・妊娠20週の時に超音波検査でいろいろな問題を指摘され、羊水検査を行なった。結果の説明を受けたのが妊娠23週の時で、胎児は18トリソミーだった。夫婦は、合併症が多くて長生きできないのであれば積極的な治療は望まないと伝えたが、産科医および小児科医からは「それはできない。生まれてきたお子さんを治療しない選択肢はない。」と言われ、もう少し自然に経過を見てくれる病院に転院した。

これらのケースの相談を受けている中で、どうやら羊水を用いた胎児の染色体検査の結果が得られるまでには、約3週間かかると言われているケースが多いことがわかりました。そして、これらの人たちは、染色体検査に迅速検査があることについては、ご存知ではありませんでした。

通常、染色体検査として行われている標準的な方法は、「G分染法」というもので、72時間の細胞培養後に、1番から22番までの常染色体と、X, Y染色体のそれぞれについて、ギムザ染色という方法で縞模様を作り、この模様を顕微鏡で観察するという方法です。これによって、すべての染色体の数的異常と構造異常を観察することができます。この検査の結果が検査会社から返ってくるのに、だいたい2〜3週間かかるのが一般的なので、上記のような説明になっているのだと思われます。

しかし、検査結果次第では妊娠の継続 or 中絶も含めて選択肢に入れて考慮したいという場合に、3週間待たなければならないのでは時間がかかりすぎるので、より迅速に結果を出そうという方法が以前から行われています。

日本でも一般的な方法は、FISH法というもので、ある特定の(検査対象として決めた)染色体の一部分に蛍光標識がくっつくようにして、細胞内にその染色体(厳密にいうとその部分)がいくつ存在しているかを顕微鏡で確認することができるという方法です。いろいろな染色体の一部分を確認することに応用が可能ですが、出生前診断用に検査会社が提供しているもので最も一般的なものは、13番、18番、21番、X、Yの本数を調べることができる方法です。もし、NIPTや超音波検査でこれらの染色体の数の異常が疑われる場合には、まずこの方法を用いることで、迅速に確認が可能です。だいたい4,5日で検査結果が返ってきます。

当院では、この方法を行なっている検査会社とも契約していますが、また別の検査会社との契約もあり、ここではQF-PCR法というまた違った方法を用いています。この方法では2,3日で結果が返ってきますが、日本でこの方法を採用している施設は多くはないので、ここではこの説明は省略します。

さて、FISH法ですが、この方法はかなり以前から実用されていますので、この存在を知らない医師はあまりいないのではないかと思うのですが、これを採用していない医療機関も多いようです。また、そういう方法があることについて説明していないこともかなり多いようです。(そもそも採用していない検査方法について説明はできないのかもしれませんが)

なぜ、この迅速検査方法の存在があまり明確にされないケースが多いのでしょうか?

一つには、この検査によって得られた結果が、100%正しいわけではないという点があります。細胞内にバラバラに存在する染色体に付着した蛍光標識を顕微鏡で観察する関係で、たまたまこの標識が重なり合うなどして、診断を誤るケースが稀にあるからです。このため、厳密にいうと「これは確定診断ではない」ということになり、このことを強調する医師もいます。この検査を提供している検査会社の一つであるラボコープ・ジャパン社のホームページの中でも、留意事項として、

  • Rapid FISHは、13番、18番、21番、XおよびY染色体の数的異常を検出するスクリーニング検査です。確定診断には羊水染色体分析の結果をお待ちください。
  • と記載されていたり、
  • 弊社米国検査所にて、Rapid FISHと羊水染色体分析を行った40,000件以上の結果の解析から、Rapid FISHは偽陽性*1や偽陰性*2になる場合があり、診断は確定ではありません。
  • という点が強調されていたりします。ちなみに、陽性結果の正診率(G分染法による検査結果と一致)99.83%、陰性結果の正診率99.96%と記載されています。(つまり、100%ではない)
  • しかし、この検査について、「スクリーニング検査です。」というのは、明らかな間違いではないかと思います。
  • それに、すでに別の検査(超音波検査やNIPTなど)で、所見が得られていて、それと同じ結果が全く別の原理で行われているこの検査で得られたなら、その診断に誤りがある可能性は、ゼロに近いと言えるのではないでしょうか。たとえ確定診断と言えなかったとしても、これらの検査結果をもとに妊婦とそのパートナーが判断材料に使っても問題はないと私なら考えます。
  • もう一つは、なるべく先送りにしようとする医師の心の中に、「なるべく中絶してほしくない」という気持ちがあったり、「胎児の異常を理由に中絶することは、法律違反だ」という考えがあったりすることでしょう。これは、少し前に言及した超音波検査の実施時期の問題と同じ話です。
  • 胎児超音波検査を行う時期に、医師個人の価値観が反映されている。 – FMC東京 院長室

  • ここでは、妊婦さんやそのパートナーの選択・決定が、医師の価値観に左右される結果になっているのです。
  • 最初に提示した二つのケースのうちの後者の方は、その後出産され、お子さんは比較的軽症だったので8カ月まで生きられ、最後には退院して自宅で共に過ごすこともできたとのことでした。「結果的には産むことができてよかったと思える。」とおっしゃっていました。このこと自体は、たいへん良いことだったと思います。
  • しかし、私が話の流れの中で、「なぜ20週の時に異常を指摘されていたのに、染色体異常が判明したのが23週になったんでしょうね。迅速検査は行わなかったのでしょうか。」と話したところ、そのような方法があることは今はじめて聞いた。とおっしゃいました。はじめから、どんな障害があっても産もうと考えていたわけではない、とおっしゃっていました。
  • 染色体異常のお子さんには、複数の症状が同時に存在し、治療困難なケースが多いし、どんなに医療の手をかけても長く生きられないケースも多いので、どこまで積極的に治療を行うかにはまだまだ議論もあり、医療機関による対応の違いも大きいです。この方が通院しておられた施設では、積極的治療を推奨していたようですが、病院によっては「看取り」という選択肢が提示されることもあります。どうすることが最も適切な選択なのかについては、今後も議論が続いていくこととは思いますが、明確な結論のない現状では、医療側の考えと家族の考えとをすりあわせて決定するのが妥当ではないかと思います。医師の価値観をもとに、治療以外の選択肢を与えない姿勢には、問題があるように感じます。
  • 出生前の検査とその結果に基づく選択についても、同様のことが言えると思います。医師の個人的価値観に基づいて、検査の選択を限定したり、検査結果の解釈を極端に厳しくしたりすることは、避けるべきでしょう。説明を受ける側には医学的知識が少ないのが普通なので、医師の意見を信頼・尊重することが多いと思います。悪く言えばそのような立場を悪用しているとも言えるのではないかとさえ感じます。
  • 出生前検査・診断の問題、日本における扱われ方について知れば知るほど、本当の問題点は、「人工妊娠中絶」と「母体保護法」にあるということがわかってきます。この問題についてきちんと議論され、わが国におけるその扱いや考え方、社会としてどのように規定するのかをもっと明解にしていく必要があります。これまで私たちの社会は、物事を明確にしすぎないである程度曖昧さを残していくことで、うまく問題解決に導いてきたという独特の文化を持っていました。しかし、社会の範囲が広がり、国際化が進んできた現代においては、その曖昧さでは問題解決に至らないことが多くなってきたと思います。この国に暮らす人たちも、これまでのメンタリティを変化させていかなければならない時代に突入しています。「母体保護法」の運用の中にある曖昧さ、「人工妊娠中絶」に際しての女性の自己決定に関わる部分について、これから議論を活発にして、より良い形に変化させていく必要性を感じています。