妊婦健診のときに、「NTはどうですか?」「むくみはありませんか?」などと聞いてはいけない。

出生前検査・診断についての話題がマスコミなどで取り上げられることが増えるとともに、妊娠した人が胎児の状態を知ることに関心を持つことが増えてきました。ただ、残念なことは、一般の人たちが持っている関心ほど実際に妊婦健診を行なっている医師たちは、関心を持っていないという現実があります。それはなぜかというと、

「そういう種類の検査はあまり積極的に行うべきではないし、情報提供もすべきではない。」という考えを持っている医師が多いからです。私の印象では、このような考えの医師の一部の人は、「どんな命でも平等に扱わなければならない。障害があることを理由に中絶してはいけない。」という考えに基づいていると思われます。しかしそれほど強い信念に基づいているわけではない医師の方が多いと感じます。どちらかというと、「積極的に行うべきではないと、厚労省からも通達されている。」「ガイドラインでも積極的に行うようには記されていない。」という空気が蔓延しているのが実情で、そのために医師自身もこの種の検査をできるようにしようというモチベーションを持たないし、そもそも参加が専門でなかったり、超音波検査というものが手軽に行える分、きちんとした教育やトレーニングを受けていなかったりする医師が多いのです。また、検査を行うことが学会によって強く規制されていることで、「どうせ自分たちにはできないこと。」という意識もあって、しっかり情報を得よう・学ぼうとしていないという事実があります。

そんな中、妊婦さんたちは医療機関からは情報提供を受けることができず、ネットに頼ってしまうので、ネットにあふれているさまざまな不確かな情報に振り回され、ちゅと半端な知識をつけてしまいます。NTについての理解はその最たるもののように感じます。

当院に送られてくる相談事例の中で、多くの部分を占めているものの一つに、かかりつけ医で胎児の“むくみ”を指摘された、あるいは、NTがあると言われた、というものがあります。来院していただいてお話を伺うと、「妊婦健診の時に気になって、NTはどうですか?むくんでませんか?と聞いたところ、少し目立つと言われた。」とおっしゃることがあります。そのようなケースで手渡された画像(プリントしたもの)を拝見すると、ほとんどの場合、NTが正確に評価されたものではありません。それはそうなんです、妊婦健診の片手間にNT計測をすることは、まず無理と言っても良いと思います。

NTの計測には、決められた条件を満たしている必要があります。胎児の大きさ(頭臀長)が45mm〜84mmの間に入っているか、上半身が画面いっぱいになるよう拡大されているか、正中矢状断面が正確に表示されているか、黒い部分の境界線上から境界線上までがきちんと計測されているか。これが満たされていない計測では、何も評価にはつながりません。お医者さんも、自分がきちんと計測できないけれどもなんとなく厚みが気になるようなら、きちんと計測できる医師に紹介してくれれば良いのです(そうしてくださっている医師もたくさんおられます)が、もう全く意味のない計測を行って、数値を告げてしまう人がいるんです。そうすると数字が一人歩きしてしまって、困ったことになります。その上、次に行うべき検査の選択も間違っていたりします。なんとなく、NTが厚いとダウン症候群を見つけるきっかけになるというような、聞きかじっただけの情報で診療を進めてしまっているケースがあるのです。ここには、わが国ではこの計測自体が普及してこなかったことが大きく影響しています。一部のお医者さんのこの分野に関する知識は、ネットでいろいろと調べている一般の方よりも乏しいのではないかと感じられるケースさえあります。

日本の医師および検査技師で、英国Fetal Medicine Foundationが行なっている教育システムを用いて、NTの計測についてのインターネット上での学習プログラムに参加した人数は現時点で501人、計測できる医師・技師としての認定証を得ている人数は163人(!)です。日本にはたくさんの産婦人科医がいますが、NTに関して興味を持って、学ぼうとしている人はこんなに少ないんです。また、先日のエントリー

ISUOG 2018 国際産科婦人科超音波学会学術集会で感じた、日本だけが取り残されてしまう危機感 – FMC東京 院長室

でも記載したように、NT計測を行う時期は、日本の妊婦健診の流れの中では空白の時期になることも多いために、実際に計測する機会をわざわざ作らないといつまでも普及しないのです。でも、今はどこへ行っても産婦人科医は数が足りていなくて超多忙な中、新たな診察の機会を追加しようと誰が考えるでしょうか。妊婦健診の仕組みを抜本的に改革しない限り、NT計測や第一三半期の超音波検査は、日本では全く広がらない可能性もあるのではないかと感じています。

こういう現状なので、妊婦健診の時に、「NTはどうですか?」「むくみはありませんか?」などと聞くべきではありません。下手をすると、不確かな情報によって、心配させられる結果になってしまいます。

じゃあどうすれば良いのか?自分なりにしっかりとした情報を集めて、知識を増やし、自分にとって何が必要なのかをよく考えて、受けるべき検査を選択するしかありません。これからの時代、与えられた情報だけで言われるがままに行動していては、遅れを取ってしまう、情報強者と弱者との差が明確になりつつあります。医療もしかり、情報に基づいて自分で判断することが求められます。でもどうやって情報を集めるのか?ここが問題です。その情報が正しいのか否か、情報が多ければ多いほど、判断が難しくなります。特に日本の場合、公的な機関がしっかりと情報を伝えるということがあまり得意ではないように思います。その反面、個人のブログなどでの情報垂れ流しは顕著です。出生前検査・診断に関する情報は、“経験者が語る”形式のブログにあまり影響されない方が良いでしょう。こういうページは、何か親近感が湧いて、感情移入もしやすく、また読みやすいということもあって、ついそういう情報に流されがちです。でも、読み物は読み物として、自分の大事な問題について考える時には、他人の経験談よりも、数多くのデータに基づいた事実に目を向けることを心がけてもらいたいと思います。