「命の選別」悪い人だけが、こっそりやっていたのでしょうか?

マスコミが言う、いわゆる“新型出生前診断” (NIPT) の話題が出ると必ず出てくる言葉である、「命の選別」。それではこの種の検査はこれまで行われてこなかったのでしょうか。

実際には、この検査が出てくる前にもいろいろな方法で、染色体異常をはじめとする胎児に見つかる問題を発見する手段はあったわけです。例えば妊娠中期に行われる母体血清マーカー検査(現在一般的なのは4種のマーカーを用いる「クアトロテスト」)は、1980年代の終わりごろに「トリプルマーカー検査」として開発され、1990年代には国内にも普及してきました。しかしこの検査が主にダウン症候群の発見を目的としていたことから、さまざまな議論が沸き起こり、結果1998年に厚生科学審議会が、「本検査を勧めるべきではない。」「妊婦に積極的に知らせる必要はない。」と明言した提言を通知したことから検査の普及が一気にしぼみました。これ以来、日本の妊婦診療の現場では出生前診断について積極的に語られることがなくなり、その後世界で主流になった妊娠初期の検査(超音波検査と血清マーカー検査とを組み合わせた“コンバインド検査”)は全く普及せず、超音波診断についても遅れをとることになってしまったのです。

しかし、出生前検査は積極的に知らせなかったとしても、実施すること自体は罪でもなんでもありませんので、独自に得た情報をもとに希望する人などを中心に、血清マーカーは細々と行われてきました。また、コンバインド検査や妊娠初期の超音波検査・診断は普及しなかったとはいえ、超音波は日常的に用いられているしある程度の情報は海外の文献を読めば入ってきますから、中途半端ではあるものの胎児になんらかの問題所見がある指摘が行われたり、年齢が高いことを理由とした羊水穿刺などは少ないながらも行われてきました。つまり、これまでもよく言われる「命の選択」は行われてきたわけです。あまり批判が大きな声にならなかったのは、その数が圧倒的に少なかったからでしょう。

NIPTが導入されることになり、急に「命の選別」の声が大きくなったのは、それが一気に普及することを恐れてのことなのかもしれませんが、胎児診断の現場でいろいろなケースに向き合ってきた私たちにとっては、命の選別に問題があると言われても、これまでも続けられてきたことの精度がより良くなっただけなのではないかという感覚もありました。それでは、これまでやっていたことはなんだったのだという感じです。結局、これまでは一部の心ない人だけがこっそりやっていたということなんですか?

このブログでも何度か言及していますが、NIPTだけが厳しく規制されたことでこの国の妊婦診療の現場で起きた(世界的に見ると)奇妙なことの一つとして、ここへきてクアトロテストの受検数が増加してきたことがあげられるのではないでしょうか。出生前検査のことが話題になることが増え、それを意識する人が増加したけれども、実際に新しく開発されたNIPTは制限されているために、これよりも精度の劣るクアトロテストを受ける人が増加したわけです。妊婦健診を行なっている医療施設側でも、うちではNIPTはできないが代わりにこれができると提示していることが多いようです。この検査は、例えばダウン症候群の検出率(この検査を扱っているラボコープジャパンの資料によると、約87%と記載されています)を見ると明らかにNIPT(99%以上)よりも劣る検査ですし、その陽性的中率も極めて低い検査であると言わざるを得ないものです(同資料によると、約2%と記載されています)。陰性一致率に目を向けるといずれの検査でも99%を超えるので、陰性と判定された場合の信頼性には差がないという人もいるのですが、そもそも対象とする疾患の頻度が低いので、陰性一致率が低くなるのは当然なのです。検出率が低い検査は偽陰性が多いと考えておくべきでしょう。

こういった一時代前の検査を受ける人の数が増えてきていることは、歓迎すべきことではありません。なぜなら、新しい検査と比べてより曖昧な指標をもとに判断しなければならなくなるからです。そして、判断材料としての情報提供を検査提供者(おもに医師)がきちんと行うことができれば良いのですが、もともと遺伝カウンセリングを実施できる体制のない施設が多いため、あまり正確でない情報しか与えられていない事例も多く見かけます。このような曖昧な体制で不確かな情報のもと、不適切な判断が行われていることが実は結構あるのではないかと私は見ています。なぜなら、クアトロテストに限らず、例えば超音波検査についても、あまり正確でない情報を与えられ、これをもとに「命の選別」に進んでしまっているケースを耳にすることが多いからです。

「命の選別」に問題があるとか、これにつながる検査は良くないという前に、実際の現場では予期せぬ状況でこれに直面させられている人たちが大勢存在するということを認識する必要があるでしょう。例えば妊婦健診で普通に行われている超音波検査でも、突然なんらかの胎児の異常を指摘され、「命の選別」に向き合うことになる妊婦さんがずっと存在し続けてきたのです。

曖昧な情報をもとに、限られた時間の中で決断を迫られるような形で、ともすれば不本意な選択をしてしまうよりも、より正確な情報をもとに、じっくりと考える時間をもって、主体的な選択をできることのほうが、より良いことは明らかです。この意味からも、現在のいびつな状況を脱して、より多くの検査を希望する妊婦さんがNIPTを受けられるようになることが大事だと思うのです。