産科医療の現場でなぜかよく流布している間違った情報

前記事に続いて、当院に来院されたりお問い合わせいただいたりする中でよく聞かれる、気になる話について記載していきます。

 

・NTが厚いと指摘された後に、しばらく後の再検査の方針になったり、クアトロテストを勧められたりする。

NT計測そのものもあまり正確に行われているとは言い難いことが多いのですが、それ以上に問題だと思うのは、その後の対応の不備です。

たとえば、NTが厚いと指摘しておいて、2週間後にもう一度見てみましょうと言ったりする。NTの計測は 、 胎児頭臀長が45mm〜84mmの時期に行うことになっています。そして、この時期においては通常徐々に厚みが増すものの、その後は厚みが減少することが一般的です。このことは染色体正常児でも染色体異常がある場合でもよくある経過です。中には厚みがどんどんと増すケースがあり、この場合には染色体異常を持つ可能性がより高くなりますが、一度厚かったNTが経過とともに薄くなっていったからといって、染色体異常ではないとは言えません。従って、適切な時期にきちんと計測することが大事で、その時点で肥厚しているようなら次のステップを検討しなければなりません。期間をあけて再検査をすることに意味はありません。

NT肥厚はいろいろな原因で起こりますので、一度肥厚がみられたならば、その原因がどこにあるのか色々と考える必要が出てきます。考えられる原因について順序立てて確認していくことが求められるでしょう。一方で、クアトロテストはダウン症候群と18トリソミーと神経管閉鎖障害について、その可能性を探る検査です。NT肥厚があるケースについて、これに引き続いてクアトロテストを行う意義はほとんどないと言ってよいでしょう。クアトロテストで陰性という判定になったからといって、なんの安心にも繋がらないのではないかと思います。なぜこの検査を勧める医者がいるのか大いに疑問です。このふたつの検査の意義やその精度について、よく理解されないままに検査を行っておられるとしか思えません。

 

・NT肥厚や胎児の浮腫の所見をもとに中絶を勧められたり、このようなことは連続することはないと言われたりしても、結論を急ぐべきではありません。

「胎児水腫」でもう赤ちゃんは助からない、胎児死亡するか生き延びても正常には生まれてこない。

体への負担を考えると、今回は諦めて早く妊娠を終わらせた方が良い。

こういった異常は連続することはまずないので、次を考えた方が良い。

これらのことを言われて、妊娠中絶をしたという話をよく耳にします。しかしこれらの話には間違いがあります。

まず、NT肥厚そのものは病気ではありません。NTが厚いからといっても、またNTだけでなく体全体がむくんでいるように見えたからといっても、それはその時期だけの一次的な変化である可能性が十分にあります。私たちは、多くのケースを経験してきていますが、たとえばNTが9mmぐらいあるとするとNTとして計測している首の部分の水分貯留はそのほかの部位にも波及し、背中もお腹もむくんでいるようになります。しかしそのような場合でも、その後改善し元気に生まれてきて、なんの障害もないケースをみてきました。くれぐれも判断を急がないことです。希望を捨てずにきちんとした手順で検査を受けていただきたいと思います。

何しろ中絶するなら早い方が良いと言うお医者さんは多いです。でも妊娠20週よりも前の胎児は、それほど大きいわけではありません。成熟児のお産に比べれば産道の広さもそれほど必要としません。検査結果を待つこともせずに急いだ方が良いと言う理由は、あまりないのではないかと考えます。

胎児がむくむような異常が連続することはないという説明の根拠は希薄です。なぜこのようなことが言えるのか、全くわかりません。慰めようとしているのかもしれませんが、不確かな情報を与えることが後々大きな問題になる可能性をお考えになることはないのでしょうか。今回の胎児に生じた“むくみ”の原因が、特殊な染色体や遺伝子の異常に起因するものである可能性は十分にあるはずです。そしてその異常は、もしかすると胎児の両親のどちらか、あるいは双方から引き継がれてきたものである可能性も考慮しなければならないかもしれません。つまり、場合によっては同じようなことが連続することは十分にありえるし、その原因が特定できたならば、次回以降の妊娠では同様の問題を回避することも可能になるかもしれないのです。二度と同じことは起こらないと言われていたのに、次の妊娠でもまた胎児にむくみがみられ、当院に相談されてきたケースもいくつか経験しています。その時に、前の妊娠・胎児の情報が不十分であるほど、診断が特定しづらいという問題点があるのです。

胎児にむくみがあることを指摘されたり、その後に胎児死亡となったりして、妊娠中絶や流産処置を受けられる際に、その胎児に何があったのか何も検査されないままになっているケースも良くあります。「今回は残念だったけど、こういうことは誰にでも時々あることなので、今回は諦めるしかないね。」と慰められておわっているようです。担当された医師や助産師の方々は、善意でそういう対応をしておられる部分もあるのでしょう。しかし、正確な知識に基づかない善意は時として対象者の損害につながる可能性があることを、プロフェッショナルとして十分に留意しておくべきでしょう。せめて染色体検査はやっておいてほしいと思います。なぜ胎児がうまく育たなかったのか、その原因を自分のせいにして背負ってしまう妊婦さんがおられます。しかし、そのような気持ちになる前に、より正確な情報をもとにきちんと確認しようという気持ちを持てるようにしてあげたい。それが次につながると思います。

 

・羊水穿刺を予定していたが、胎盤がお腹側にあるので不可能と言われた。

この話を時々耳にします。似たような状況として、羊水穿刺を試みたが、胎盤がお腹側にあるので難しく、何度かトライしたが、うまく羊水が採取できないまま終わった。という話もあったりします。

これはもう本当に単純に、医師の知識と経験が不足しているだけです。

胎盤がお腹側にあるのなら、胎盤を通して穿刺すれば良いのです。ただそれだけです。

まあ細かくいうと、胎盤を通過しないでできるならその方がおそらくより良いけれど、無理に胎盤を避けようとすることの方がむしろ安全ではない場合、胎盤を通過することをためらう必要はないということです。このことは、国際的なガイドラインにも記載されていて、ちょっと勉強をすればすぐにわかることですし、学会や講演などでもいつも私は言っています。

ところが、胎盤を避けることが何よりも優先される絶対的なことのように認識しているお医者さんは、実はたくさんおられるようです。

羊水穿刺という手技自体は、さほど難しい手技ではありませんし、かなり以前から多くの場所で普通に行われてきましたので、各地の研修施設で先輩が後輩に指導して実践されてきました。問題は、この先輩の指導にあるのだと思います。まず多くの施設で行われてはいるものの、各施設における実施件数は決して多くはない(むしろすごく少ない)という問題があります。国際的な調査研究では、多くの穿刺手技を経験すればするほど、この検査に伴う流産率を低下させることができる事実が判明していますが、日本の施設でこれを実現できるだけの件数を行なっているところはほとんどないと思われます。日本各地のいろいろな施設で、ちょっとずつやっているという現状です。このような状況なので、後輩に指導する先輩がそもそもあまり経験数が多くないということになります。それでいて、経験が多くないと難しいとか危なっかしいというほどの手技でもありませんので、こういったことがあまり意識されることなく行われます。その結果、割と気軽に、知識を更新することもなく、昔の経験や古い先輩に教わったやり方に沿った方法が伝授されていくという状況にあるようです。

胎盤を避けることを重視していることもこの状況を反映したものだし、このほかにも例えば麻酔を使用したり、子宮収縮抑制剤の点滴を行なったり、一泊入院させられたりといった対応がずっと続いていることも同じ問題でしょう。

こういった特殊な検査を、今後どのような形で指導していくべきか、国内における検査体制をどう整えて、方法をどう統一していくか、産科婦人科学会や産婦人科医会でしっかりと決めていかないといけないと思います。