子宮頸がん予防のためのHPVワクチン接種をめぐる問題 – なんでこうなるの?

今回は、いつもと違う内容です。

私は、今でこそ胎児検査・診断と遺伝相談に特化した仕事に集中していますが、もともとは(今も一応は)産婦人科医で、8年前までは大学病院に勤務して、お産を扱いながら婦人科の手術や治療も手がけていました。癌患者さんもみていましたし、癌検診も扱っていましたので、せっかく導入された世界標準のHPVワクチン(以下“子宮頸がんワクチン”と記載します)が、積極的勧奨をしない方針になって、多くの若い女性がその恩恵に預かれないままに据え置かれていることに、心を痛めていました。そんな中、この問題に積極的に取り組み続けていた医師でかつジャーナリストとして活動しておられる村中璃子さんが、この取り組みを評価され、国際的に権威のあるジョン・マドックス賞を受賞されたニュースが入ってきました。

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この快挙は、この問題に注目してきた専門家の間では、大きな話題になりましたが、なぜか日本の大手マスコミはごく一部を除いて全くと言っていいほど取り上げず、情報を得るソースが一般誌やテレビでしかないような大衆には全く認知されない歪な状態となっています。

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この国は本当に奇妙な国です。ご本人のスピーチにもありますが、政策判断の過程で科学的な事実が重視されない、あるいは、そこにある事実に対して科学的に正しいという判断ができない、ということがこの国ではよくあるように思います。有識者懐疑的なものが結成される場合に、科学的に妥当な判断ができる人が入らない、あるいはある種の“権威”的な人がいて、その人物の意見が(科学的に妥当でなくても、あるいは妥当なふりをしているだけであっても)通りやすい、ということもあるのかもしれません。また、アカデミズムの世界でもまだまだ成熟していない分野があって、“権威”に楯突くことがなかなかできない。という構造もあるでしょう。村中医師が、そういう現実に果敢に挑み、しっかりと科学的事実を積み重ねて、迫害を受けても何が本当に正しいのかを伝え続けるという姿勢を崩さなかったことに、敬意を表します。

私たち産婦人科医にとって、このワクチンの接種勧奨がいつまでたっても進まないことは、苛立ちを感じる事態でした。今回の受賞は、そういう状況に見事に風穴をあける効果があったと思います。流れが少しづつ変化していることが感じられ、日本産科婦人科学会も以下のような声明を出しています。

HPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)接種の早期の勧奨再開を強く求める声明:日本産科婦人科学会

このことをめぐるこれまでの経緯を見ると、ある“権威”が、現在辛い思いをしている人たちや、弱い立場に追い込まれようとしている人たちの側に立つことによって、最強の存在になり、そして政策決定者はそういう権威を信頼し、尊重しがちであるということがわかります。サイエンスよりも感情が優先されやすいのです。そして、一度決まった政策は、修正することがかなり困難になります。

全く同じような構造ではなく、いろいろな違いはあるのですが、人々の持つ感情と得る情報、それに基づく理解と判断、政策決定の場での扱われ方、マスコミの取り上げ方などの構造の問題が関係している事象はわたしの周りにもたくさんあります。

たとえば、福島第一原発の事故とその後の疾患発生や作物の汚染に関する必要以上の懸念、何をそれほど忌み嫌うことがあるのかわからない遺伝子改変動植物に対する反応、遅々として進まないタバコ規制や受動喫煙対策、そしてこのブログのメインテーマである出生前診断の問題も、なぜこの国ではそうなってしまうの?という問題(他の国でも同じような反応をする人たちはいたりするのですが、日本ではそれがなぜか大きな流れになってしまうという特殊さがあると思います)として、なんとかしていかなければならないと考えています。