NIPTだけを厳しい指針で規制することによって何が起きているのか? (2)

前回の続きです。

羊水検査(羊水穿刺)の実施について、日本産科婦人科学会の『見解』内の以下の記載

(3)絨毛採取や,羊水穿刺など侵襲的な検査(胎児検体を用いた検査を含む)については,表1の各号のいずれかに該当する場合の妊娠について,夫婦ないしカップル(以下夫婦と表記)からの希望があった場合に,検査前によく説明し適切な遺伝カウンセリングを行った上で,インフォームドコンセントを得て実施する.
表1 侵襲的な検査や新たな分子遺伝学的技術を用いた検査の実施要件

3. 高齢妊娠の場合

この、“高齢妊娠”というのが、何を指しているのか?日々の診療の中で、ここが明確になっていないことを実感するのです。

表1の内容を見ると、この項目以外(1,2,4,5,6)は、染色体異常や遺伝病の検出を目的としていることが明らかで、項目7については曖昧な表現(胎児が重篤な疾患に罹患する可能性のある場合となっている点にやや問題があるものの、胎児の異常との関連があることは明白です。では、項目3の“高齢妊娠”の基準はどこにあって、何を目的としているのでしょうか。

妊婦さんの年齢が上がるにつれ、受精卵にトリソミーという染色体異常が増加傾向になることが判明しています。この事実に基づいて、また35歳未満の妊婦ではこの検査の陽性一致率が低くなるという指摘もあって、我が国ではNIPTの対象が35歳以上の妊婦となっています。

ところが、当院に来院される妊婦さんに、過去の検査歴などをお伺いすると、以前の妊娠で羊水検査を受けたとおっしゃる方の中に、ご本人の希望に応じて検査を行ったというケースが散見されるのです。その時点ではあきらかに年齢は35歳未満であっても、検査が行われているケースがあることがわかってきました。

たしかに、上記実施要件では、“高齢妊娠”とは書いてあるけれども、何歳以上とは明記されていません。また、昔産科婦人科学会の高名な先生が、「医師が高齢と判断すれば高齢なのであって、特に何歳という決まりがあるわけではない。」とおっしゃっていたのを耳にしたこともあります。

しかしながら、NIPTを35歳という年齢で適応を厳しく決めておきながら、羊水検査はその年齢に達していなくても受けられるというのは、矛盾がないでしょうか。35歳以上であれば、NIPTを受けることによって、侵襲的検査である羊水検査は回避できる可能性があるのに、たとえば33歳の方が年齢的に35歳に近いから不安を感じている場合には、無条件で侵襲的検査を行うのでしょうか。NIPTの導入は、侵襲的検査を減らすことにつながるという効果が期待されていました。実際に海外ではこの効果が現れています。しかし、もともと羊水検査の施行件数や率が海外に比べて低かった日本では、NIPTが話題になることで出生前検査そのものに関心を持つようになる方が増え、しかし実施施設が少なかったり、35歳に達していなかったりといった理由で、結局のところ羊水検査などの侵襲的検査を受けることになる人が増加している可能性があります。

これまでに35歳未満の方にでも希望に応じて羊水検査を行っている施設として、当院で把握している施設は、遺伝学的検査についてあまり専門的でない小さな施設もありますが、必ずしもそういう施設ばかりではありません。むしろ、名の通った大きな施設や、中にはNIPT実施施設として認定されているような病院もあります。

私たちが、日本産科婦人科学会の『見解』や『指針』を、厳密に守ろうとしている一方で、産婦人科診療の先端を担う中核的な施設においても比較的曖昧な基準で羊水検査を行っているという事実を前にして、がっかりさせられているというのが正直なところなのです。