出生前診断についての誤解(2016年11月17日)

当院で妊娠中期の超音波検査を受けることを検討しておられる方や、すでに予約されている方が、ご本人でお考えになって、あるいは周りの人から言われて検査を受けないことを選択される、あるいは予約をキャンセルされるときに、「何か問題が見つかっても、もう中絶はできないし、産むしかないのだから、検査は受けないことにした。」と、おっしゃることがあります。
このような言葉を聞いていて、もしかしたら「出生前診断」というものを誤解しておられる方が、一定数おられるのではないかという気がしてきました。なんとなく、「出生前診断」というと、異常を見つけて妊娠中絶を考えるために行うものだというイメージをお持ちなのではないでしょうか。
先天的な異常には、様々なものがあります。重いものでは、命に関わり、生きていくことすら難しいような病気や、まだ治療方法が見つかっておらず、一生抱えていく必要があるものから、軽いものでは、多くの人たちとは少し違いがあるものの、生活していくことには何の支障もないもの、何かのきっかけで検査しない限りは見つかることもなく一生を終えるものまで、ほんとうに大きな幅があります。現在普通に生活している人でも、なんらかの先天異常を抱えていたり、治療した後だったりします。たとえば染色体異常はそのなかの一部にすぎません。染色体が正常であっても、様々な病気が生まれる前から明らかになることがあります。
いろいろな病気のなかでも、最も多くの病気が起こる臓器は、心臓です。そしてまた、先天性心疾患のなかにも様々な種類のものがあり、心室中隔欠損症のように治療しないでも自然によくなるものもあれば、手術を行う必要があるものもあります。手術を行う病気のなかにも、一回の手術でだいたい治るものから何度かに分けて手術を行わなければならないものまであり、なかには手術をしても完全には治らず、とりあえず支障なく生きていけることを目標にせざるを得ないものもあります。
最も大きな問題は、お母さんのお腹のなかにいる胎児のときと、生まれてきてお母さんから切り離されて、自分で呼吸して自力で生きていかなければならない新生児期以降とで、大きな変化が起こることです。病気のなかには、子宮のなかでは問題なく生きていられるけれども、外界に出てきた途端に生きていくのが難しくなる重大なものがあります。生まれてくる瞬間、生まれてきたすぐのときに、どのように対処できるかによって、一生が大きく変わってしまうのです。胎児のときにあらかじめ診断がついていて、生まれてきたときにどのように治療していくかが決められていて、新生児の治療を行う専門のスタッフが待機しているなかで生まれてくるのと、生まれてきた途端に具合が悪くなって、大慌てで専門のスタッフがいる病院を探して新生児搬送し、そこからいろいろな検査を行って何が起こっているのか、どういう病気があるのかを調べ、その診断に基づいて治療を始めるのとでは、治療までの間に赤ちゃんの状態を保っておくことの難しさが違います。あらかじめわかっていないと、対処が遅れて命にかかわることや、重大な障害を残す可能性があるものでも、治療戦略を練ったうえで出産に臨むことによって、健康な赤ちゃんとかわらない生活を手にすることができる可能性が出てくるのです。
また、ごく一部ではあるものの、胎児のときに治療することが将来のために必要になる病気もあります。
出生前に診断することには、このような大きな意義があることをぜひ知っていただきたい。私たちが胎児の検査をおこなうのは、病気があっても少しでも良い状況で生まれてきてほしい、なんか問題が見つかったときに、少しでも条件の良い妊娠管理方法、分娩場所や方法について検討したい、という気持ちがあるからです。
もちろん、治療不可能な問題が見つかることもあります。このような場合に、どのように対処していくべきなのか、どのような選択が可能なのか、などについてもよく相談して決めていけるよう、専門医や遺伝カウンセラーが時間をつくってお話しします。
あらかじめわかることで、考える時間も確保できるし、いろいろな選択や準備も可能になります。出生前に診断することは、あかちゃんにとっても、妊婦さん自身や家族にとっても、いろいろな可能性をもたらすことに繋がるのだということを知っていただきたいと思います。