『FMCテキストブック』が出版されました。

 出生前検査・診断とこれに向けた遺伝カウンセリングの実践的教科書といえる書籍の出版に、約3年前から取り組んでいたのですが、この度、ついに発売に漕ぎ着けることができました。

『FMCテキストブック: 出生前検査・診断と遺伝カウンセリングの実際』

NIPTによる日本の出生前検査・診断の変化

このブログでも何度も取り上げてきたように、日本の妊婦診療や産婦人科医の育成の現場において、出生前検査・診断は諸外国にはないような制限があり、あまり積極的に行うべきではないという風潮に支配されていました。

 しかし、NIPTの普及に伴ってその状況がここ数年で大きく変化する兆しを見せ、厚生労働省としての基本方針も、積極的な情報提供に舵を切ることになりました。NIPTを実施する医療機関も、新しい認証制度のもと増加傾向にあることは周知のことと思われます。

 そんな中、各方面から懸念されていることは、長年にわたりこの分野に前向きに取り組んでこなかった日本の産科医師たちが、近年の検査技術の進歩や新たな知見の拡大に伴って、急速に情報量を増やしつつある診療を、しっかりとハンドルできるのかという疑念だと思います。

FMC東京クリニックの経験と知識を共有したいという思い

 私たちはこれまで、一般的な産科診療施設ではカバーしきれていない胎児の問題や遺伝の問題について、日本ではまだまだ普及していなかった診療の部分を担うことのできる専門施設としての診療を行ってきました。その中で問題に感じていたことは、私たちのクリニックにつながることができた人には問題解決への道筋を示すことができるけれど、繋がらないままになってしまっている人は全国にたくさんおられ、私たちが一所懸命診ている人たちは氷山の一角にすぎないだろうということでした。

 これを解決するための一つの手段として、私たちが診療を行う中で学び、情報収集してきた知識と、実践してきた技術とをまとめた書籍をつくり、日本中の産科診療を担う人たち、妊婦さんと直に接する専門職の人たちに共有してもらいたいと思いついたのでした。

立ち読みページ

検査や診断方法をトータルで見る視点の重要さ

本を作るにあたって意識したことは、今この国で妊婦診療を行っている現場の人たちのやり方、視点に何が足りないかという点でした。私たちのところに相談に来られた方々が、それまで通院していた施設で受けてきた説明内容や、学術集会での発表や議論の中での違和感から、どうも多くの医師たちの中に、検査や診断方法について一つ一つをバラバラにしか捉えられていない傾向があることや、説明や検査結果を受けての対応があまり丁寧でないことが課題としてあると思われました。そして、これらの課題を解決してくれるような参考図書がほとんどなく、そういった点について深い知識と技術のもと指導してくれる医師も非常に少ない現状があると思えました。

 そこで、前半部分では出生前検査・診断の歴史を追うことから始めて、今私たちが手にしている技術が全体の中でどのような位置にあり、新しいものと既存のものとをどう組み合わせて使うべきかを理解できるよう努めました。例えばNIPTに関しても、NIPTという検査そのものについては学んでも、これまで行われてきた検査との関係性や、どのような場面でどの検査を選択すべきかという観点が、足りていない現状があるように感じられるので、この分野の検査全体を俯瞰できる視点が必要だと思うのです。

本当の意味での遺伝カウンセリングとは

 そして、後半部分では遺伝カウンセリングに臨む姿勢や考え方とともに、今現在妊婦さんが置かれている社会状況や制度等も踏まえた対応に至るまで、正直ここまで幅広く詳しく解説した書は、これまでになかったと思います。NIPTが日本の産科診療現場に導入されるにあたって、検査を行うにあたっての前提条件として、遺伝カウンセリングを行うことがいかに大事かが、かなり強調されてきました。そこには、説明不足のまま無制限に検査が普及してしまうことのないようにという思いが込められていたと感じています。これによって、「遺伝カウンセリング」という言葉自体はよく知られるようになりました。しかし、それがどういうものなのか、どのように実践すべきなのかなどについては、学会主導でいろいろな制度が作られたり、教育の機会が用意されたりしたものの、私たちが考える本当の意味での遺伝カウンセリングの実践は、あまりうまく進んではいないように感じています。今はまだ、「遺伝カウンセリング」という言葉のみが一人歩きして、いかにも重要なことのように言われるわりには、実態が伴っていない部分も多々あると思います。

 出生前検査・診断の現場における大きな二つの柱、検査そのものについての総合的理解と実践、そして遺伝カウンセリング。全国の出生前検査・診断に携わるスタッフが、この二つをしっかりと使いこなせるように、本書を有効活用していただけると嬉しいと思っています。