NIPTを扱う医療機関の違いについての情報提供は足りているのか:無認証施設・全染色体検査・微細欠失、etc.

何故、無認証施設でのNIPTを選ぶ方が多いのか

当院でNIPTを開始してから、もうまもなく半年が経過しようとしています。

おかげさまで当院での検査を選択してくださる方も確実におられるのですが、その一方で、いまだに出生前検査認証制度等運営委員会の認証を受けないまま検査を行っている施設(その多くは安易に採血のみ行う施設)での検査を選択される方も多い現状が続いています。この問題をどう解決していけば良いのでしょうか。

 本年1月12日付のYahooニュースで、昨年9月に仙台で開催された日本母体胎児学会でのディベートの取材に来られていた、ノンフィクション作家の河合香織さんが、このディベートの内容や、無認証施設で検査を受けたのちに、当院で検査を行った妊婦さんへの取材をもとにおまとめになった記事が出ました。

 この記事については、twitterでは紹介していたのですが、当ブログでは取り上げていませんでした。内容としては、今ある問題点について、一般にはまだあまり知られていない情報を提供し、皆で考えていくきっかけにしようという意図のあったものと感じられ、記事を読んで複雑な状況を知った方も多かったのではないかと思います。

 当院を受診された妊婦さんへの取材が元になったストーリーがあり、私のコメントも出していただいているので、ぜひ多くの方に読んでいただきたいのですが、この記事を読んだ何人かの方々からいただいたコメントをもとに、少しスッキリしないモヤモヤが残り、しばらくそのことについて考えていました。

 それは何かというと、取材をお受けになった方が無認証施設で受けた、認証医療機関では扱っていない種類の検査をもとに、悩まなければならない状況に陥ったにもかかわらず、もしまた妊娠することがあるなら、次回もこの検査を選択するとおっしゃったという結末になっていたことです。この結末について、「これでいいんですかねえ?」という意見を複数の方からいただいたのでした。

モヤモヤが残る結末

 無認証施設が無制限にいろいろな検査を行っていることについては、なぜそれが問題なのかがわかりにくい側面があると思います。

 実際に、多くのことがわかったほうが良いではないかと思われる方も多いことでしょう

 当院への問い合わせの中でも検査項目についてのものは多く、いろいろなことがわかるという理由で、無認証施設を選択される方が一定数おられます。ネット上での宣伝文句を見て、「これだけいろいろなことがわかって、より安心できる」と感じてしまわれることは理解できますし、無認証施設としてはそこが“売り”になっています

 その一方で、認証制度等運営委員会では今のところ、なぜ認証制度では検査対象が3種のトリソミーに限定されているのかについての説明がないために、こういった選択をされる方の行動を抑えることはできず、無認証施設が生き残り、商売が潤う結果に繋がっています

 検査の普及に慎重な立場の方や真面目な性格の方は、「規則で決められた検査以外を扱うのはけしからん」とお考えになり、中には「そんなところで検査を受けること自体がけしからん」という考えになる方もおられます。

 一方で、認証を受けていないとはいえ各種検査を扱っているところも医療機関であり、医師が関わっているわけですので、「お医者さんがやっていることで、より不安が解消されるものがあるなら、そちらを選びたい」と妊婦さんが考えてしまうことも多いだろうし、そういう考えを「けしからん」と押さえ込むことはよろしくないとも思います。

 前者の方々が記事のケースの結末に違和感を持たれるとすればそれは、無認証施設の検査でたいへんな思いをしたのなら、「あんなところで検査を受けて偉い目にあった。もう次はない。」と考えそうなものなのに、なぜまた次も選ぼうとするの? ということだろうと思います。これらのことについて、問題点はどこにあって、どう解決していけばいいのだろうかということを考えていたわけです。

FMC東京クリニックでの遺伝カウンセリングと専門的な検査が果たした役割

 なぜ件の出産された方は、次もいろんな項目が入った検査を受けたいとお考えになったのでしょうか。それは結果的に、最悪の結末には至らなかったことが大きいと思います。わずかながらスッキリしない点が残ってはいるけれど、おそらく大丈夫だろうと割り切れるし、いろいろ考えて納得した上で自分たちで考えをまとめて、方針選択ができたことが大きいと思います。そのためには、得ることのできた情報量が多いことが大事だったのではないでしょうか

 無認証施設で難しい結果を手にしたけれど、その結果をもとに必要な追加検査とこれに基づく情報を得て、最終的には自分たちでどうするかを決めるに至る。この過程に大事な役割を果たしているのは、遺伝カウンセリングと専門的な検査の実施だったはずです。手前味噌ですが、当院でフォローすることができたからの結果なのであって、もし当院で対応していなかったなら、違うシナリオがあったと想像します。実際に、よくない結末に至ってしまった方のお話は、複数耳にしています

 例えば、今回のケースは「全染色体の異数性の検査」で、認証施設で行っている3種(21番、18番、13番)以外の番号の染色体のトリソミーが陽性と出てしまったわけですが、同じような状況から良い結果につながったとは言えないケースがあります。

無認証施設での全染色体検査から難しい経過を辿ってしまった例も

 ある方(Aさんとします)は、15番染色体のトリソミーという結果を受け取り、検査を行ったクリニックにどうすべきか相談したところ、そのグループから斡旋できる遺伝カウンセラーに繋いでもらえました。

 その遺伝カウンセラーの説明は、「21,18,13以外のトリソミーは、通常は流産してしまうので、今現在妊娠が継続していて胎児が元気なのなら、それでトリソミーはありえない。検査は偽陽性と考えて良い」というものでしたこれは明らかに誤りで、この話が事実なら、なぜそんな間違った説明を平気でする遺伝カウンセラーが存在しているのかということも問題ではあるのですが、何しろそういう話だったということでした。

 しかし、Aさんはやはり心配になり、かかりつけの医療機関で羊水検査を受けることにしました。羊水検査の結果、トリソミーはなく、胸を撫で下ろしたということでした。

 ところが、生まれてきたお子さんは順調とは言えない経過でした。生まれてきた時に元気に泣くことができず、呼吸補助が必要となりました。母乳やミルクの飲みも悪く、管を通して胃に入れなければならない状況で、その後の発達も遅れました。男の子なのですが、精巣が陰嚢内に降りてきておらず、手術が検討されています。

 実は私たちがこの情報を得たのは、Aさんが次の妊娠をして、上の子が順調でないので心配という相談をしてこられたからでした。この時点で、かかりつけの大学病院の小児科では診断がついておらず、「次の子にも何か起きないか心配、どのような検査を受けるべきか。」という相談でした。

プラダー・ウィリ症候群の可能性

 これらの情報から、私たちの頭に浮かんだのは、プラダー・ウィリ症候群でした。この病気は、15番染色体上の一部の領域の問題で起こります(専門的にはインプリンティング異常と言います)。

 この問題の原因はいくつかあるのですが、その中の一つに、『片親性ダイソミー』があります。これは、通常2本ある15番染色体の片方は父親(精子)から、もう片方は母親(卵子)から引き継いだもののはずのところ、そうではなくて2本ともが母親から来ているケースです。

 なぜこのようなことが起きるのかというと、それはもともと受精卵に15トリソミーがあったところ、細胞分裂して増殖していく過程で『トリソミー・レスキュー』と言われる、3本のうちの1本がこぼれ落ちて染色体2本の正常な状態になる現象によります。このレスキューの時に、3本の染色体のうちの父親由来の1本がこぼれ落ちて、残った2本がいずれも母親由来のものが残った状態になった結果、母親由来の片親性ダイソミーになっているわけです。

 このトリソミー・レスキューが細胞分裂の早い段階で起こり、胎児となる細胞が全て片親性ダイソミーとなっていて、胎盤の側にはトリソミー細胞が残った『胎盤限局性モザイク』の状態であれば、NIPTでは15トリソミー陽性と出て、羊水検査では染色体数正常と出るのです。

無認証NIPT施設が紹介した遺伝カウンセラーのミスが回り回って……

 要するに、無認証施設が繋いでいる遺伝カウンセラーの説明が間違っていただけでなく、せっかくその間違いを回避できるチャンスとしての羊水検査があったのに、この検査では単純に染色体数が正常であることしか確認していなかったために、今回の問題が見落とされてしまったことになります。

 羊水検査を行う理由が、無認証施設で受けた検査で15トリソミー陽性だったからだという情報が、きちんと検査を行う医師に伝えられていたのかどうかについての詳細はわかりません。

 もしかしたら、無認証施設で検査を受けたということ自体を内緒にしていたのかもしれません。もし正直にこの理由が伝えられていたなら、片親性ダイソミーがないかどうかの検査も追加されていたかもしれません。しかし、この問題は遺伝医学をしっかりと学んだ医師でないと知らないことも多く、一般的な産婦人科ではこのような特殊検査を扱ったことがないことの方が多いので、情報が伝えられていながら、そこまで細かい検査には進まなかった可能性もあり得ます

 また、小児科医にも、妊娠初期に受けたNIPTで15トリソミー陽性と出ていたという情報が伝わっていない可能性が高いように思いました。産婦人科で行った染色体検査では正常核型だったという情報しか伝わっていなかったのではないでしょうか。妊婦さん自身も、妊娠初期のNIPTでの問題は羊水検査で解決されたと思っていた節があり、そのことと生まれてきた赤ちゃんの問題とが関連づけられていなかったようでした。この情報が小児科医に伝えられていれば、もっと早い段階で検査が行われ診断につながっていたのではないかと思われました。

NIPT実施機関から、その後を受け持つ産科医や小児科医への情報の適切な受け渡しが行われないと……

 このように、扱っている検査について正確な知識を持たないまま、安易に採血だけを行っているクリニックと、妊婦健診を担当している産科医、そして生まれてきた赤ちゃんの診療を行う小児科医との連携がうまくいっていない上に、検査を受けた本人もその検査の意味がよくわからないままなので、医師に伝える必要性もわからず、ともすれば無認証施設で受けたという負い目から内緒にしていることもあって、お金をかけていろいろと検査を受けたにもかかわらず、それがなんの役にも立っていないというケースが存在するのです

 この例は氷山の一角と思われ、同様の問題ケースが多々あるのではないかと想像します。

 今回は、『全染色体の異数性の検査』のケースを取り上げましたが、X,Y染色体の検査にも様々な問題が隠されています。私たちのところでも、これらの染色体に問題がある結果を受けて、その後の診断や出生児の扱いの難しさに対応したケースもありますし、当院につながっていない人で誤った選択に至っている方もおられるのではないかと思っています。

 NIPTは単純に「性別が知りたい」という気持ちで安易に受けるべき検査では決してないのですが、無認証施設の多くは、『性別がわかる』と宣伝しています

海外ではNIPTは専門家が行なうのが基本、なのに日本では産婦人科医ですらない医師が極めて専門的な知識を必要とする検査を安易に実施している

 海外の多くの国では、日本よりも早くから幅広い範囲でNIPTが普及していますが、そのほとんどは専門家が扱っており、どの種類の検査では信頼性が高く、どの種類の検査はまだそうとは言えないのかなど、専門家集団が検証を行いつつ、国の方針としてどの項目の検査を行うべきか、どの項目はまだ時期尚早かなど、きちんと決められて行われています。検査会社はいろいろな項目の検査を開発し、実用化できるよう研究を続けていますが、例えば染色体の微細欠失についての検査などは、どこの国でもまだまだその信頼性は決して高いとは言えないという理由で、現時点で妊婦の皆さんが受けるべき検査という位置付けにはしていません

 ほとんどの妊婦さんが普通にNIPTを受けている国でも、まだほとんど普及していないような微細欠失を対象とした検査が、専門的内容を扱うことができると認証されている施設では行うべきでない検査とされながら、産婦人科でもない医師しかいないような施設で数多く実施されている、このようなおかしな国は他にはありません

必要性の乏しい検査に高額な費用を払わされていないか

 究極的には、妊婦さんが自分でお金を出して受ける検査なので、どのような検査を受けようと自由という考えはあると思います。しかしながらそれが、本当にお金をかける価値のあるものなのかの情報が乏しく、判断が難しいまま不安を煽られた結果として高い金額を払わされるものであるなら、それは良くないことです。

 専門家集団は、規制のための規制を作るような仕組みで管理するのではなく、もっともっと情報公開して、必要性の高くない検査に高額な支払いをしてしまうような結果になってしまわないようにすべきだし、その一方で同時に、検査を受けたい人が検査にアクセスしやすくなるようにしていくべきだと考えています。出生前検査認証制度等運営委員会などの制度管理を行う立場の人たちには、そういった視点を持って臨んでいただきたいと思います。